パラダイムシフト・ラブ2

58

今この場に居る参加者が全員一次試験合格者である事をサトツは伝えた。
「二次試験での皆様の検討をお祈りします」と最後に伝えるとサトツは来た道を早足で戻って行った。
サトツが去ったと同時に開かれたドアの先に現れたのはいくつも並んだキッチンだった。

「一次試験を通過した受験生の諸君、中へ」

響き渡る女性の声にはキルアと顔を見合わせた。

「キルア君。お料理っぽいけど、大丈夫?」
「オレに出来ると思ってんの? 無理だよ。が代わりに作ってよ」
「そういうのは”ずる”って言うんだよ」

言われた通りに入ると、奇抜な髪型とセクシーなトップスを着た女性が堂々とした姿でソファに足を組んで座っていた。
その後ろにはミルキを数倍大きくさせたような太った男がニコニコと笑っていた。

「ようこそ。あたしが二次試験官のメンチよ」
「同じくブハラ」

試験官の自己紹介にキルアが「ミルキよりでけーやつ初めて見たわ」との笑いを誘う。
そして鳴り響く腹の音に参加者がざわつく。
その出所はブハラの腹のようで振り返ったメンチは「どうやら腹ペコのようね」と笑う。

「もうペコペコだよぉ」
「そんなわけで二次試験は料理よ!」

予想していた事にはキルアに「ね? 料理でしょ」と笑みを見せた。
誰も二次試験が料理とは想定していなかったようで男性陣の大半から文句の声が上がる。

「オレ達はハンター試験を受けに来てるんだぜ!」
「そうよぉ? あたし達を満足させられる料理を作る。それが二次試験の課題よ」

勿論外野から「何で料理なんだよ!」と声が上がる。
その問いに答えるようにメンチは腰に手を当てて「何故なら、私達は美食ハンターだから」と堂々と宣言した。
それに対して参加者は笑ったが、達は真面目に話を聞いていた。

「美食ハンター?」
「って何?」
「私もそれ、気になります」

聞いた事ない職業には興味津々だった。
それに対してクラピカが「美食ハンターとは、世界中のあらゆる食材を探求し、更に新たな美味の創造を目指すハンターの事だ」と教えてくれた。
まるで日本で言うところの料理研究家の位置付けにいる事に感心したはワクワクする想いでメンチを見た。

「勿論ハンター自身も超一流の料理人だ」

一流の料理人に対して作った料理を食べてもらうのは滅多にない。
こんな機会はまたとない。
それなのに、美食ハンターを馬鹿にするような参加者には苛立ちが隠せなかった。
そもそも”ハンター”と名乗れるのだから自分達よりも遥かに経験豊富で、その道のプロとして第一線で活躍する人達を笑うのは失礼だろうとは思った。
これはいわゆるサッカー選手は格好良くて、料理家はダサいと言っているように聞こえは溜息を吐いた。
どんな職業だってその道を極めれば立派に誇れるものだ。
それがどんな形であれ幸せになれる人がいるのであれば良いじゃないか。
それを否定することはイルミやゾルディック家の人達を悪く言うのと同じだと、そんな思いで話を聞いていた。

その様子をサトツは高い木に登り、双眼鏡を覗きながら観察していた。
参加者は”美食ハンター”を馬鹿にするが、その油断が脱落に繋がる事をサトツは危惧し、しばらく様子を見る事にしていた。
試験内容によってはこの試験で50人、もしかしたら10人以下になるかもしれないと予想するなか、双眼鏡の先で気になる参加者を見つけた。
一次試験では危うく脱落になりそうだった406番のブレートを付けた人物に思わず「ほぅ」と小さく言葉が漏れる。
荒々しいオーラを纏いながら険しい表情でメンチとブハラを馬鹿にする参加者を睨む姿に「これはこれは……珍しい受験生ですねぇ」と小さく笑った。
これは試験の行く末が面白くなりそうだと感じたサトツは「皆さん頑張って下さいね」と双眼鏡をしまってもう少し近くで見える位置へと移動を始めた。

*****

「まず、オレが指定する料理を作ってもらい」
「そこで合格した者だけがあたしが指定した料理を作れるって訳よ。つまりあたし達二人が”美味しい”と言えば晴れて二次試験合格」

この言葉に参加者はどよめいた。
料理の美味い不味いは人によって違うことや、自分達にとっては上手くても試験官の口に合わなかったらどうするんだと抗議の声が上がる。
それに対してメンチはバッサリと「試験を受けたくない者は帰ってもらって良いのよ。はい、さよなら」と手を振る。
苦労して突破した一次試験の事を思うと、ここまで来て今更帰れる者など居ない。
は遠慮がちに手を上げて「話の続きを、お願いします」と言うと静まり返った。

「つまり、あたし達に”美味い”って言わせたら合格なわけよ。試験はあたし達が満腹になった時点で終了よ」
「分かった分かった。とっとと始めようぜ」
「それじゃオレのメニューは……ブタの丸焼き。オレの大好物!」

周りからは「ブタの丸焼きなら楽勝だな!」と油断する声が上がる。
誰も文句がないようでブハラは大きく息を吸い込むと「それじゃ二次試験……スタートゥ!」と声を張り上げ、自分の腹を鐘の代わりに叩いた。
その音に合わせて参加者は一目散に森へと走った。
キルアやゴン達も参加者を追いかけるように森へ向かったが、だけはその場に留まった。

「あ、あの!」
「……なぁに? あんたも早く行きなさいよ」
「は、はい! あの……一流の料理人さんでもある美食ハンターさんに一言言いたくて……」
「何よ」

顔をしかめるメンチを見上げながらは一歩踏み出した。

「……この試験、精一杯頑張ります!」
「……他の試験も頑張りなさいよね」
「はい! では、行ってきます!」

珍しく謙虚な姿勢を見せる参加者にメンチはの姿が見えなくなったところで「何よ、あれ」と首を傾げた。
それに対してブハラは「でも、良いオーラ持ってたよね。メンチと違って優しそう」と言うと「どういう意味よ!」と地団駄を踏んだ。

「まぁ良いわ。どんな料理を作ってこようがこのあたしの舌を唸らせる奴なんてあの中に居ないわよ」
「ヒッヒッヒ。メンチも性格悪いなぁ。でもさっきの子、東洋系な顔してたけど、メンチの課題大丈夫?」
「どうせ作れっこないわよ。なんせ……あーんな小さな島国の料理なんて誰も知らないでしょ。それより、性格悪いのはあんたも同じでしょ?」
「んー?」
「この森にはグレイトスタンプしか居ないじゃない」

メンチの言葉に「そう。凶暴で最も危険なブタだよね」とブハラは自分の腹を撫でる。

「あの子、叩き潰されるんじゃない?」

意地悪な笑みを浮かべて振り返るメンチにブハラは「あの子もそうだけど、皆死ななきゃ良いけど」と同じような意地悪な笑みを返した。


2020.11.29 UP
2021.08.05 加筆修正