パラダイムシフト・ラブ2

59

ビスカ森林公園に生息する世界で最も凶暴と言われる豚”グレイトスタンプ”は巨大で頑丈な鼻を使って人間を簡単に叩き潰したり吹っ飛ばしたりする。
全体的に強度が高く、並の人間では近づく事さえ出来ない。
果敢にも挑む参加者に「馬鹿じゃないの」と呟きながらイルミは少し離れたところでその様子を見ていた。

「そう不機嫌になるなよ」
「なってない」
「なってるじゃないか。そんなに弟君にお姫様取られたのが悔しいのかい?」
「悔しくない」

遠くで突進してくる三匹の豚を視界に捉えながらイルミはおもむろに針を取り出す。
その隣で腕を組むヒソカが嬉しそうに「三匹やるの?」と問うとイルミは小さく頷いた。

「ボクのもやってくれるなんてイルミは優しいなぁ」
「別に、お前のためとかじゃないし」
「拗ねてる君もなかなか面白いもんだね」
「は? オレはいつも通りだから」

土埃を上げて迫る豚に目掛けてイルミは三本の針を放つ。
一匹ずつの額に刺さった針は徐々に豚の動きを鈍らせ、イルミとヒソカの目の前に来た時には痙攣しながらひっくり返った。
白目を剥いてひっかり返る一匹の豚を足で突きながら抵抗しないのを確認するとイルミは針を回収し、ヒソカを見た。

「で、これどうすれば良いの?」
「……試験内容は聞いてたかい?」
「豚をなんかするのは聞いてた」
「丸焼きにするんだってさ」
「そうなんだ。持っていくの面倒臭いなぁ」

イルミは指先に力を入れて爪を鋭く変形させると豚の鼻に突き刺した。
同じようにもう一頭にも突き刺し、なんて事ない顔で「じゃ、行くよ」と後ろ手で二頭を引きずりだす。
一人一頭で良いはずなのにと思ったヒソカは軽々と片手で豚を持ち上げながら「二頭も必要?」と黙々と豚を引きずるイルミに問いかけた。

「オレとの分。手伝うなって言われてるんだけどさ、どうせ捕まえられないだろし」

何処まで過保護なんだ、とは思っても敢えてヒソカは言わなかった。
無意識に手助けをしたいことに気がついていないイルミが柄にも無くて可笑しく、クスクスとヒソカが笑うと「何?」とイルミが首を傾げる。

「別に、何でも無いさ」
「何それ」
「良いから良いから」
「……まぁ良いけど」

ズルズルと豚を引きずりながら二次試験会場に戻るイルミを見ながらヒソカはが自分の豚を捕まえて持ってきた時どんな顔をするのか楽しみで仕方なかった。

*****

会場に到着するなり早々に豚の丸焼きを作り上げたイルミとヒソカは早々にブハラから”合格”を貰い、暇を持て余したヒソカはキッチンに頬杖をつきながら二頭目を焼いているイルミを見ていた。
程なくして森の方が騒がしくなり、ヒソカはふいに顔を上げる。

「どうやらお姫様を率いるルーキー軍団達も帰って来たみたいだよ」
はちゃんと居る?」
「居るけど面白い事になってるね」
「何それ。どういう意味?」
「見れば分かるよ」

ぞろぞろと森から帰って来た連中に指を指すヒソカを見ながら、イルミもそちらの方向に顔を向ける。
息も絶え絶えに豚を下ろす参加者の後ろの方から聞こえるキルアの声に耳を澄ますと、信じがたい光景がイルミの目に飛び込んできた。
「おい、暴れんな! 落ちるぞ!」と怒鳴るキルアが二頭の豚を背負い、その上にが乗っていたからだ。
「キルア君! 注目! 注目されてる!」と泣き叫ぶは文字通り注目の的だった。
ゆらゆらと揺れる豚にしがみつきながらバランスを取るはいつ落下してもおかしくなく、誰もが”なんだあれ”という顔をしていた。
それはイルミも例外ではなく、滅多に表情を崩さないイルミが珍しく口を開けて固まる。
それに対してヒソカは口元を押さえながら「手元止まってるよ」と指摘した。

「で、どうするのそれ?」
「……消し炭にするよ」
「証拠隠滅って言おうね」

イルミはすぐに火力を上げ、豚を放置してどんどんと焦げていく様を腕を組んで見ていた。
その間、焼き上げた豚をブハラに持っていく参加者の列が出来上がり、ブハラの嬉しそうな「合格!」が響き渡り始める。
程なくして達も無事に焼き上げたのか、列の最後の方に並び、その合否を待っていた。
ちゃんと焼けていれば合格なのか、はたまた食べられれば合格なのかブハラの合格基準は非常に曖昧だったが参加者の大半が合格を貰い、達も合格を貰うとまだ前半戦を突破したに過ぎないのに無邪気に喜ぶ5人の姿はとても平和に見えた。
ぞろぞろと戻る5人の中、は持ち場に戻る途中イルミと目が合った。
「すぐ戻るから先行ってて」とキルアに断りを入れて4人から離れるとはイルミとヒソカの元へと駆けた。

「やぁ。合格はちゃんと貰えたかい?」
「はい! ちゃんと美味しいって言って貰えました。ただ、また助けてもらった感じですけど……」
「ん? 良い仲間が見つかったのかな?」
「仲間だなんて……私には勿体無い言葉ですよ」

「実際私はおまけみたいなもんなので」と苦笑いするは二人の後ろに転がる真っ黒に焦げた豚の姿を見て固まった。
「また綺麗に焦がしましたね」と感心したように呟くにイルミはカタカタと震える。
先ほどまでは普通に話していたイルミが途端に”ギラタクル”の猫を被るのがおかしく、正体を知られたくないイルミと知らないの状況を放っておくわけがないヒソカが「あぁ、これね……」と含み笑いをする。

「実は彼はね」

良からぬ気配を察知したイルミの首が勢いよくヒソカの方に向き、カタカタと揺れながら小さく口が動く。
声は発していないが、その口が”言ったら殺す”と動いたのを見てヒソカは目を少しだけ細めながら「一匹目は焼き過ぎて食べてすらもらえなかったんだよ」とに説明した。
それを聞いたは首を傾げながら「でも合格は出来たんですよね?」と問う。

「2頭目でね」
「それは良かったです! まぁ料理は失敗がつきものですから……ギタラクルさん! 落ち込む事ないですよ!」

勘違いのフォローになんて反応すれば良いのか分からなかったイルミはとりあえずヒソカの脇腹に拳をめり込ませた。
たいして痛くもないのに「痛いじゃないか」とよろけるヒソカを心配してが背中を支えたところでドラムの音とメンチの「終了!」とい声が会場に響き渡った。


2020.11.23 UP
2021.08.05 加筆修正