パラダイムシフト・ラブ2

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ブハラが豚の丸焼き70頭を完食し、満腹になった事をメンチが告げるとあちこちから「化け物だ」と声が上がった。
明らかに体よりも食べた量の方が多い所には”ハンター”という職業が如何に凄いかをひしひしと感じていた。

「豚の丸焼き料理審査70名通過!」

メンチの言葉を聞いては次の課題が何なのか少しだけワクワクしていた。
ブハラの課題のようなまた身体を張るような物だと困り物だが、身近にある食材で何かを作るのであれば自分にも活躍出来るチャンスがあるのではないかと思っていた。

「あたしはブハラと違って甘くないわよ。審査は厳しく行くわよ!」

活気溢れる参加者達を見ながらそう宣言するメンチとその参加者達をサトツは木の枝に乗りながら観察していた。
予想していたよりも多く残った参加者の数字に今年の参加者たちは優秀であると感じていた。
少し心配していたルーキー達も残っているという事で一癖も二癖もあるメンチの試験をどう70名が生き残るかという不安点だけが残るが今年の試験がどうなるのか楽しみだった。

「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ」

”スシ”と聞いて参加者の大半は聞いたこともない言葉に首を傾げた。
誰もが分からないと表情をするなか、ともう一人だけが「え……寿司……?」「マジか……!」と反応した。
その言葉を聞いたヒソカが小さな声で「は知ってるのかい?」と問う。

「知ってるもなにも……日本の伝統料理ですよ」
「ニホン?」
「あ、えっと……私が元々居た世界です。えっと、まずお米をお酢で」

周りがの言葉に耳を傾け始めた所でイルミはすかざすの口を押さえた。
驚いてイルミは見上げると、話してはいけないとイルミが顔を横に振る。

「ヒントをあげるわ。必要最低限の材料は揃えてあるしスシに必要不可欠なご飯はこちらで用意してあげたわ」

は言われるがままに木製の飯台の蓋を開けた。
ほんのりと酢が利いた米が敷き詰められていることに「”寿司”なら何でも良いのかなぁ」と口元に指を添えた。

「そして最大のヒント! スシはスシでも”握りズシ”しか認めないわよ」

ちらし寿司や巻き寿司を想定していたは「に、握り……」と表情を固まらせた。

「それじゃスタートよ! あたしが満腹になったところで試験は終了!」

予想していた参加者達の不安そうな顔を見ながらメンチは胸を張り、「その間に何個作ってきても良いわよ」と伝えた後、ソファに腰を下ろした。

*****

未知なる料理に動き出せないでいる面々に対しては手際よく動いた。
明らかに使用しないと思われる包丁を握りながら「よく切れそうだ」と刃先を見つめるヒソカと出刃包丁を手で弄ぶイルミにはエプロンを押し付けた。

「はい、どーぞ。ギタラクルさんもヒソカさんも汚れたら大変なので着て下さい」
「汚れる? ボク達はが作ってくれるもんだと思ってたけど」
「それだとズルになるのでちゃんとお二人にも作ってもらいますよ。それに、初めのうちは形から入るのも重要ですから」

「さぁさぁ早く早く」と手を叩きながら二人にエプロンを着るよう急かすの姿はまるで園児をあやす保育士のようだった。
二人が渋々着替えるのを横目に隣のキッチンでいきなり飯台に手を入れようとしていた参加者の手をすぐ掴み「ちょっと待って下さい!」と睨んだ。
「な、何すんだよ!」と驚く参加者の顔と手を見た後は目を釣り上げた。

「手は洗いましたか?」
「は?」
「ですから、手は洗いましたか、と聞いたんです。握り寿司ですよ? 細菌だからけの手でシャリを掴んで試験管さんのお腹を壊したらどうするんですか? 責任取れますか? その事、分かってます?」
「五月蝿え! 離せよ!」

男はの手を振りほどき、包丁を握ってを警戒した。
しかし、は怯むことなく「料理の前にまず手を洗う。そんなこと小学生でも分かる事ですよ」と軽蔑の眼差しで見返す。
それを見ていた周りの参加者は慌てて手を洗い始め、後ろの列に居た髪の毛の無いの頭が光るハンゾーは小さく「やはり彼女は大和撫子だ……!」と嬉しそうに呟いた。
その後も周りにエプロンを着るよう言ったり、「それはおたまですよ?」と周りの参加者にちょっかいを出し始め、徐々にヒソカとイルミから離れ出した。

エプロンを纏ったヒソカは「彼女って向こうでもあんな感じ?」とイルミに問うと着方が分からないのか肩にかける部分を首にかけていたイルミはを一瞬見た後、頷きながら「そうだよ」と小さく返した。
料理の事になると豹変し、一度キッチンを大惨事にさせてしまった後一緒でないとキッチンに立たせてもらえなかった事を話すとヒソカは「僕も怒られたいなぁ」と身体を気持ち悪くクネクネさせた。

「怒らせるとゴミを見るような目で見てくるよ」
「今のイルミもそんな目してるけどね。あとイルミ、それ着方違うと思うよ」
「……あ、こうか」

ヒソカの着方を見ながらエプロンを正しく来た後、さっさと手を洗い、そのままイルミは飯台の蓋を開けると手を米の中に突っ込んだ。
急な行動にやや驚いたヒソカは「君、スシ作れるの?」と米の中に突っ込まれた手を凝視した。
イルミとの付き合いが長いヒソカはとてもではないがイルミが料理を作れるとは思っていなかったし、キッチンを大惨事にさせたとあれば此処は大人しくが戻ってくるのを待つのが得策なのではないかと思っていた。
しかし、ヒソカの不安とは反対にイルミは自信満々に頷いた。

「うん。コンビニで見たから大丈夫」
「コンビニ?」

片手並々に米を取ると黙々と三角形に形を整え始めた。

「後はなんか真ん中に何か入れて黒い変なので巻くんだよ。これならオレでも出来るし」
「で、その中に入れるのと黒い変なのってやつは何なんだい?」
「知らない。それはに聞けば良いよ」

その時、反対側に並ぶキッチンの方から「魚だったら川とか池にもいるだろうに!」と声が響いてきた。
それを聞いたヒソカはゆっくりとイルミを見る。

「この米の塊に魚を入れるってことで合ってる?」
「たぶん」
「ならお姫様の分も取ってこないとだね」
「うん」

イルミは三角形に作られた”おにぎり”をまな板の上に置くと、森へと走っていく連中に混じるためにヒソカと共にキッチンを離れた。
誰もが魚を求めて森へと行ったと思われたが、だけは森へと向かわず、一人だけ会場に残ったままだった。

確かに寿司と言えばネタは魚が代表的ではあるが、主流なのは海水魚だ。
海に面しているわけでも無いこの森林公園ではせいぜい川魚が限界で、川魚は淡水魚で寿司に適しているとは思えなかった。
超がつくほどの一流の料理人を舌を満足させるには一体どんなネタが良いのか考えていると2つの仮説が浮かんできた。
一つは、淡水魚は適さないと知りながらも新しい寿司の形を生み出す独創的な発想力を試されているのか。
もう一つは、淡水魚は引っ掛けで魚を使わない寿司を作る事が出来る知識力を試されているのか。
淡水魚には身体に害を及ぼす寄生虫が多く住み着いている事を考えると素人が迂闊に手を出すのは危険すぎる。
加熱をすれば死滅する寄生虫もいるだろうが、魚を使用した寿司のネタは新鮮な物に限る。
そんなリスクのある食べ物を職人の前に出すのは失礼に値すると考えたは「よし」と意気込み、後者の考え方で攻める事にした。


2020.11.23 UP
2021.08.05 加筆修正