パラダイムシフト・ラブ2

62

参加者が会場に戻ってくるまでの間、は気が気じゃ無い様子で待っていた。
自分だけが先に合格を貰ったのを知って他の参加者達がどう思うかを思うと複雑な心境だった。
ましてや自分が使っていたキッチンも隠されてしまい、これではヒントをあげようにもあげられない状況にため息を零した。
本来なら合格を貰って喜ぶべきところなのだろうが、自分だけ先に、となると素直に喜べなかった。
どうせなら皆と一緒のタイミングで”合格”を貰いたかったのが本音だ。

「あのぉ……どうして寿司、なんですか? もっとこう……難しい料理だって、あったと思うんですけど」
「そうねぇ。確かにレベルの話で言えば他にもあったでしょうけど、寿司って一番シンプルだけで一番難しい料理だと思うのよねぇ」
「一番難しい……そうでしょうか?」
「そうよ。包丁の入れ方ひとつで味は変わるし、毒を持つ魚だっているんだから知識も必要でしょ? そして見た目がシンプル! シンプルな料理こそ味も技術も見た目も隠せないから試験には持ってこいなのよ」

試験に対してそこまで考えられていた事に驚いただったが、「でも、まぁ……」とメンチは身体をの方に向けて笑った。

「あたしが普通のスシを食べ飽きてるからってのもあるのよ」
「え?」
「寿司を知らない受験者がどんな奇想天外なスシを作るのか、楽しみなのよね。今日は試験官と言うより料理人としても来ているからね」
「料理人としてねぇ……メンチの悪い癖が出なきゃ良いけど……」

ボソっと呟いたブハラにメンチは目を吊り上げて「何よブハラ! なんか言った!?」と目くじらをたてる。
慌てて「べ、別になんでも無いよ!」と首を振る二人のやりとりを見ては笑った。
なんだかんだで良いコンビの二人に挟まれながらはこの先の事を考えていた。
自分は試験を受けないイルミの代わりに試験を受け、もちろんライセンスの取得を目指し、少しでもイルミはもちろんゾルディック家の人達の役に立てればと思っていたが、この合格が自信をくれたようで今はこの試験の間で何か自分が秘めている可能性が発見出来るかもしれないとポジティブに感じていた。
料理の試験で合格を貰えた事で少しだけ自信がついたはこの試験を通して”何か”見つけられるかもしれないと思いながら真っ直ぐに前を見つめた。

*****

参加者が森から帰ってくるとメンチは立ち上がり、全員に聞こえるように「二次試験の合格者第一号は406番よ!」と発表した。
予想していた通り参加者の視線はへと集中し、一気にざわつく。
どうしてだ、なんでだ、女だからって贔屓するな等といった心に刺さるような言葉も聞こえたが、大きく手を叩いたメンチが「煩い!」と一喝する。

「良い? 誰がなんと言おうと彼女は、あたしが”合格”と認めたの。文句があるなら彼女以上のスシを作ってきなさい!」

迫力のある声には身体を縮こまらせると隣に居たブハラが「あのメンチが認めたんだから自信持って良いんだよ」と優しく笑う。
そうは言われても突き刺さる視線が鋭く、は「やっぱり……まずかったんじゃないでしょうか」とブハラを見る。
ブハラは小さく首を横に振りながら「君は此処に座って奇想天外なスシを見てれば良いから」と肩を軽く叩いた。
ドサリとソファに腰を下ろしたメンチは「さっさと作りなさいよ!」と参加者に動くよう命じる。
しぶしぶと言った感じでキッチンの前に立つ面々は捕まえた魚を見つめた。

「フンッ。料理に御託はいらないのよ。黙らせたければ美味い料理を作れば良いだけよ」
「メンチ。そうは言っても彼らは素人だよ?」
「素人だろうがなんだろうが何かしらのハンターを目指すんでしょ? あたしのやり方が気にならないなら来年受ければ良いのよ」

足を組んでふんぞり返るメンチには「ハンターというのは……選べるんですか?」と尋ねると二人は目を丸くした。
ブハラの考えを代弁するかのようにメンチは「あんたハンターを知らないで受けてるわけじゃないわよね?」と聞く。
は恥ずかしくも肯定するように頷くとメンチは「はぁ!?」と大きな声を上げた。

「あ、えっと、違うんです! 凄い大変な職業なのは分かるんですが……その、どんな分野のハンターさんたちが居るのか、知らなくて……」
「あんたってばとんだ箱入り娘なのね。それでよく試験なんか受ける気になったもんだわ……」
「ハンターって言っても広いからねぇ。簡単に言えば専門家、みたいなもんかなぁ?」
「そうねぇ。あたし達は美食ハンターで、サトツは遺跡ハンターだっけ? 他にも賞金首ハンターや幻獣ハンターなんても居るのよ」
「へぇ……凄いですね! メンチさんやブハラさんは普段どんな事されてるんですか?」

興味を示すの目はまるで子供がキラキラしたものを見て興味を持っているような輝きをしていた。
二人は顔を見合わせると参加者が料理を運んでくるまでの間、の話に付き合う事にした。
興味津々で聞くに話すのはなかなか気分が良いのか、メンチもブハラも笑いながら話す様をサトツは木の上で「やれやれ、二人共試験官という立場をお忘れですか……」とため息をこぼした。

*****

袖を捲ってまな板の上で跳ねる新鮮な魚を見下ろしながらレオリオは包丁を振り回した。

「くそっ! 一人だけ合格しやがって! 何者なんだよあの女はよ!」
「レオリオ、落ち着け」
「あいつ、俺らの事無視して一人で合格しやがったんだぜ!? スシを知ってるなら教えてくれたって良いだろ! 一人だけ合格して高みの見物ってやつかよチクショウ!」

魚に罪は無いが、レオリオは少々乱暴に魚に包丁を突き刺した。

はそんなずりーことしねぇし、考えねぇよ」
「あぁ? んだよキルア。やけにあいつの肩持つじゃねーか」
「はぁ? 当然だろ? 一緒に住んでたんだから。この中じゃオレが一番の事をよく知ってるっつーの」
「じゃぁなんであいつはさっさと一人で合格してんだよ!」

歯を食いしばりながらレオリオは自己流で魚を捌くと「で、この魚をどうすりゃ良いんだよ! さっぱり分からねぇ!」と吠えた。

「もしかして、は魚を使わない方法でスシを作ったんじゃないかな?」

ゴンが生きの良い魚を逃さないように掴みながら3人に首を傾げた。
それを聞いたクラピカは顎に手を添えながら「しかし文献では……」と口篭る。
文献では確かに新鮮な魚を使用すると読んでいたクラピカにはにわかには信じられなかった。
しかし、椅子に座るの身なりは清潔を保っており、川に入った痕跡が見られなかった。

は多分、料理が出来る。あいつが家に来た時に兄貴になんか作ってるの見たし」
「ってことははスシを知ってるんだね!」
「女だから料理ぐらい出来んだろ普通!」
「しかし料理が出来るからと言って此処に居る殆どの連中が知らないような料理を作れるのは凄い事だぞ」
「で、試験官はその料理を他の参加者がパクらないようにってあいつのキッチンを隠したんじゃねぇの? どうやったか知らねぇけど」

手の中で器用に包丁を回すキルアは別ブロックの列を一瞬見た。
この二次試験が始まる直前まではヒソカ達のところにいた。
綺麗に並んでいたはずのキッチン台だが、一箇所だけぽっかりと穴が空いたかのような部分がある。
それは見るからに危険人物と分かる男の隣で、そこはまさにが立っていた場所だった。
他の参加者に正解を見せないための工夫なのかは分からなかったが、少なくともは正解を知っていた。
何か手がかりやヒントは貰えないかとに視線を送るが当の本人は試験官二人と何やら話をしているらしく全くキルアに気がついていない様子だった。

「こりゃオレらで何とかするしかねーかもな」

苦笑いを浮かべたキルアは包丁を握りしめた。


2020.11.30 UP
2021.08.05 加筆修正