パラダイムシフト・ラブ2

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結果は散々だった。
形状がバレてしまった以上味のみで審査を行う事にしたメンチは次々と差し出される寿司を口に運んだが、辛口評価は健在だった。
形が崩れている、ネタの切り方がなってない、握りが遅くてネタに体温が移っている事を事細かに指摘する姿には空いた口塞がらなかった。
たった一口食べただけでその人の駄目な所を言い当てる姿にブハラは厳しいのではないかと言うが、料理をする身からすればとても参考になる言葉ばかりだった。
一口に寿司と言っても様々あるが、寿司を作る人の事も”職人”と言えるのも納得が出来た。
細部に気を使い、絶妙な状態で提供出来る人こそが寿司職人と名乗れるのを初めて理解し、次はどんなアドバイスが出てくるのかと楽しみにしていたがメンチがお茶を飲んだ所で満腹を宣言してしまった。

「ってな訳で今回の二次試験の合格者は406番の彼女だけってことで、しゅーりょー!」

未だ以外の合格者が出ていない現状に参加者達は抗議の声を上げた。
当然の結果に木の上で試験の行方を見ていたサトツはおもむろに携帯電話を取り出してある番号をダイヤルした。

「合格者はあの女一人だと?」
「マジかよ!」
「本気で言ってんのか?」
「まさか……これで終わり?」
「冗談じゃねぇぜ!」

ざわつく参加者の中で一人の男が牙を剥いた。

「納得いかねぇなぁ! こんなの絶対に認めねぇ!」

キッチンの電子レンジを拳で破壊した男に目を細めながらメンチは合格者は1人の決定は変わらない事を告げた。

「お前がスシを食わせろと言うからこっちは」
「あたしはスシで”美味しい”と言わせろと言ったのよ? 406番の料理以外で一つも美味しいと思った料理なんて無かったわ!」

メンチは呆れながら腰に手を当てて続けた。

「どいつもこいつも似たような料理ばかり。ただ見た目を真似すりゃ良いってもんじゃないのよ料理ってのは。味へのリスペクトが無いし、料理を舐めてるとしか思えないわ!」
「黙れ! オレが目指しているのはコックでもグルメでもハンターだ! オレは賞金首ハンターを目指してんだ! 美食ハンター如きに合否を決められたくねぇな!」

その言葉を聞いてはすかさず立ち上がった。
自分達よりも危険な場所に出向き、未知なる美味を探すプロのハンターに言って良い言葉ではないことに苛立ちを隠せなかったが一言言ってやろうと身を乗り出すが、ブハラに止められた。

「美食ハンター如きが試験官で残念だったわね。また来年、頑張れば?」
「この……! ざっけんじゃねぇ!!!」
「メンチさん、危ないです!!!」

顔を真っ赤にさせながら拳を作る参加者がメンチに突進する。
が手を伸ばすとブハラはを後ろに庇い、大きなで突進してくる参加者を叩き飛ばした。
飛んで行った参加者は門の柱に激突し、無様に落下する。

「ブハラ……余計な真似、しないでよ」
「だぁってさ、オレが手出さなきゃメンチ、あいつを殺ってたろ? そんなの……折角オレ達を尊敬してくれている彼女には見せられないだろ」
「まぁ、そうね」

目を大きく見開かせて固まっているを見てメンチは少し困ったように笑った。

「言っとくけどね、あたしらも食材探して猛獣の巣に入ることだって珍しくないのよ」

いつの間に出したのかメンチは2本ずつの包丁を持ち、ソファから立ち上がるとそれを空中で振り回しながら階段を降りて参加者達の前に立った。

「武芸なんてハンターやってりゃ嫌でも身につくのよ。注意力も未知の物に挑戦する気概も無い。それだけで十分ハンターの資格無しよ!」

メンチの言葉は参加者達の心に突き刺さった。
その言葉を聞いた後、誰も文句は言わずただただ事の成り行きを見守っていた。
険悪なムードが立ち込め始めた時、飛行船のようなプロペラ音が聞こえては空を見上げた。

「それにしても合格者が1人とはちと厳しすぎやせんかぁ?」

突然空から聞こえてきた拡声器の声に一同全員が空を見上げると、ゆっくりと大きな飛行船が近づいてきた。
参加者の一人が飛行船にハンター協会のマークが付いていくる事に気がつき、メンチとブハラの表情が固まった。
よく目を凝らして見ると何かが飛行船から飛び降り、二次試験会場にまっすぐ降りてきた。
着地と同時に砂埃が立ち上り、は咄嗟に顔を腕で庇う。

煙の中から姿を現したのは下駄をカラコロと鳴らす一人の老人だった。
しかし、老人にしては背筋が伸び、凛としている事にはただならぬ人だと感じて身構えた。

「な、何者だ……あのじぃさん……」
「審査委員会の会長であり、ハンター試験の最高責任者。ネテロ会長よ……」
「ま、責任者と言っても所詮裏方。こんなトラブルが起きた時の処理係みたいなもんじゃ」

あまりにもタイミングが良すぎる責任者の登場には違和感を感じた。
こんなに大きな物に監視されていれば分かりそうなものだが、この飛行船が現れるまで全く気配を感じられなかった。
もしかしたら試験は試験官の他に監視役が居るのかもしれないと思い、ますます気が抜けない試験だと身を引き締めた。

「で、メンチ君」
「はい」
「君は、未知の物に挑戦する気概を問うた結果、一人の合格者を除き全員にその態度に問題有り、不合格と思ったわけかねぇ?」

ネテロの言葉は優しかったが確信をついていた。
これにはメンチもおとなしくなり、本音を語った。

「……いえ、合格した406番以外の受験者の中に美食ハンターを軽んじる発言をされついカっとなり、必要以上に審査が厳しくなってしまいました」
「つまり、自分でも審査不十分だと分かっとるわけだな」
「はい。料理の事となると我を忘れるんです。試験官失格ですね。私は試験官を降りますので、試験のやり直しをお願いします」
「しかし、急に別の試験官を用意するのも面倒じゃ」
「……申し訳ありません」

メンチが頭を下げるのを見てはこの先どうなってしまうのか不安だった。
試験官に対して不信感を持ってしまった参加者に再度試験を行うにはどんな策があるのか。
それをは固唾を飲んで見守った。
その時だった。
ネテロは何かを思いついたように「よし、ではこうしよう」と提案した。

「試験官は続けてもらう。ただし、新しい試験には君にも実演と言う形で参加してもらう。と、言うのはいかがかなぁ? その方が、受験者も納得いきやすいじゃろう」
「そうですね……それじゃぁ新しい課題は、ゆで卵ってことで!」

は思わず「ゆで……卵?」とオウム返しした。
確かにレベルはグンと下がったが、こんな森の中でゆで卵を作るとなると鳥の卵が必要になる。
一体どうするのかと思っているとメンチがネテロにマフタツ山まで運んでもらうようお願いしていた。


2020.12.07 UP
2021.08.05 加筆修正