パラダイムシフト・ラブ2

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参加者全員と試験官、ネテロが飛行船に乗り込みマフタツ山まで向かう。
どこに居れば良いのか分からなかったは飛行船内をウロウロしているとグっと腕を引かれた。

「おい、!」
「うわぁっ! キ、キルア君!?」
「お前なんでちゃっかり一人だけ合格してんだよ!」
「い、いや……その、成り行きって言うか……私は川魚じゃ寿司には適さないと思ったからその……」
「っつーかスシ知ってんなら先に教えろよな!」
「ご、ごめん……つい不潔な人達見てたら熱が入っちゃって……」

キルアを追いかけてきたクラピカやゴンを見ては申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい。皆さんの所に教えに行く前に森に行ってしまったようで……」
「気にする事ない。こうして再度試験を受けられるチャンスを貰えた事だし、過ぎた事は良いんじゃないか。それに合格したのは君の、知識が上回った証拠だ」
って料理出来るんだね! 凄いじゃん!」

抜け駆けみたいな形で合格してしまった自分を恨むどころか優しく受け止めてくれた事に安心したは胸を撫でおろした。

「二人共、ありがとうございます。これでまた……レオリオさんと仲良くなれるチャンスが遠のいてしまいましたけど……」
「あんな奴気にすんなよ! それより! ヒソカとあのキチガイみたいな男と一緒に居るのは良くねーよ!」
「えぇ……キチガイみたいな男って、ギタラクルさんの事?」
「そーだよ! どっからどう見てもヤベー奴らじゃん! あんなのと連んでるって兄貴が知ったらキレるっつーの!」

家が崩壊するだとか、が拷問に合うだとか騒ぐキルアの頭には軽く手を乗せて撫でた。
「いきなり子供扱いすんじゃねーよ!」と暴れるキルアを宥めるようにはギタラクルがイルミの弟子だと伝えると、キルアは「はぁ?」と信じられないと言った表情をした。
聞けばイルミに弟子が居るなんて話は今までも一度も聞いた事が無いという。
もしかしたら家族には隠している存在なのかもしれないとが言うと、キルアは否定するように小さく首を横に振った。

「兄貴はそんな面倒臭いことしねーよ。家族以外興味無い人間だし」
「じゃ、じゃぁ……ギタラクルさんって一体……」
「だぁから! そんな怪しい奴らと連むなっつってんだろ!」
「け、けど……助けてもらったし悪い人じゃ……」
「あぁもう! うるせぇ! 兎に角あいつと接触するの禁止な!」

これにはクラピカもゴンも賛同しているようで口を揃えて「あいつは危険」と言う。
確かに見た目はお世辞にも良いとは言えないが、助けてくれたりと中身は良い人だったりする。
それを知らない3人にが何かを言ったところで見た目の凄さの方が勝ってしまい、聞い入れてもらえなかった。
結局キルアに手を引かれてレオリオが待つ広間へと向かった。

*****

飛行船が降り立った先は、深い溝が出来ている山の頂上だった、 参加者はその溝を覗き込みながら下から吹き上げる風に目を丸くした。

「さぁ皆。崖下を覗いてみて」

メンチの指示で崖を覗き込むと、網目状に張られた何かが見えた。
それはクモワシの巣であり、巣からぶら下がっているのが卵とメンチが説明した。
クモワシは天敵から卵を守るために深い谷間に巣を作り、そこに卵を産むとされる。
そのため世界で最も入手が困難な食材の一つとされているらしく、別名幻の卵と呼ばれている。
やり直しの二次試験の課題はゆで卵だ。
は”まさか”と思い、メンチを見上げるとメンチは満面の笑みを浮かべながら「あれでゆで卵を作るのよ」とにウィンクをした。

メンチは小さく息を吸い込むと何の躊躇いもなく、崖を飛び降りた。
思わずは小さな悲鳴をあげて目を覆ったが、ゆっくりと目を細めて崖下を覗き込むとメンチは器用に巣を掴んで一回転すると、巣にぶら下がった。
何やら下を見つめるメンチだったが、何かを感じ取ったのかすぐに手を離すと卵まで急降下した。
卵を掴んだまま落下するメンチの姿が見えなくなるとは身を乗り出して「メンチさん!!!」と叫んだ。

固唾を呑む参加者の顔に強烈な上昇気流が押し寄せる。
それと同時にメンチの体も上昇し、あっという間に自分達が居る頂上まで戻ってきた。

「この谷底から吹き上がる上昇気流は卵から孵った雛が巣へと飛び上がれるようになっとるんじゃ」

一同がネテロの言葉に関心していると戻ってきたメンチが大きな卵を手に持ちながら「はい。これでゆで卵を作るのよ」と皆に見せる。
しかし、腰が引けてる連中は顔を青くし、先ほどメンチに突っかかった参加者は「冗談だろ……」と表情を硬くさせた。

「こんなの……まともな神経で飛び降りれるわけねぇや……!」
「こういうの待ってたんだ!」

崖下を覗き込んでいたゴンがいてもたっても居られない様子で立ち上がり一番最初に崖下に飛び降りた。
それにクラピカとレオリオが続き、が「ちょ、ちょっと皆!」と静止しようとするがキルアは「お前は此処でお留守番な!」との頭を乱暴に撫でて飛び降りた。
ゴン達を皮切りにやる気のある参加者が続々と飛び降りる中、メンチは「待って! 最後まで説明を聞いて!」と言うがの耳以外には届いていなかった。

下を除けばクモワシの巣に大勢の参加者がぶら下がる状態だった。
その中にヒソカの姿を見つけると余裕なのか片手でぶら下がりながらに手を降っていた。
一歩間違えば谷底に真っ逆さまなのに一体何を考えているのか。
は呆れながら手を振り返し、”ギタラクル”の姿を探したが見つからなかった。

「あれ……ギタラクルさんは……?」

もう一度良く見ようとが身を乗り出した時、肩を誰かに叩かれた。

「へ?」

振り返ると背後に立つ人物には首を傾げた。

「ギタラクルさんは……行かないんですか?」

カタカタと揺れるその顔はどこか笑っているように見えた。
力強く両肩を掴まれた時、嫌な予感がした。

「ま、待ってください……! 私、私、二次試験合格してるんですけどっ……!」

簡単に身体を持ち上げられてしまい、肩に担がれるとは思い切り暴れた。

「ちょっ、ちょっ! ギタラクルさん! 降ろして下さい! 私、嫌っ! 無理無理無理!」

イルミは空いてそうなスペースを探しながら崖を歩き、最後列あたりに狙いを定めるとを一度降ろして首に腕を回すよう自分の首筋を指差した。

「いやいやいや可笑しいですよね!? わ、私だって、合格……」

埒があかないの腰に腕が周り、そのままピョンとイルミは飛び降りた。
突然の浮遊感には大絶叫を上げながら、瞬時に首に腕を回してしがみついた。
嫌だの、無理だの、死んじゃうだの叫ぶの絶叫は谷間に響きわたり、その声に懐かしさを思いながらイルミは他の参加者同様に巣を掴んでぶら下がった。
任務で家から離れていた時、ビルの上から飛び降りた時の想像通りの反応をするにイルミはカタカタと笑う。


2020.12.07 UP
2021.08.05 加筆修正