パラダイムシフト・ラブ2

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ぶら下がる中、「オレは先に行くぜ!」と意気の良い言葉と共に真っ先にクモワシの巣から手を離した者が居た。
うまく卵はキャッチ出来たものの、落下していく一方で戻ってくることはなかった。
どうやら上昇気流は常に起こっているわけではなく、ある一定の間隔で起こるようだった。
は恐る恐る目を開けて下を見ると宙ぶらりんの状態に再度悲鳴を上げる。

「嫌ぁああ! 落ちちゃう! 落ちちゃいます!」

夢中では足を絡ませると身体を硬直させた。
一体どうしてこんな馬鹿なことを考えるのか。
この時、キルアが言っていた”ヤベー奴”という言葉が脳裏に浮かんだ。
その時身体にガクンと衝撃が伝わった。
参加者の重みに耐えきれない巣が少しずつ崖から剥がれ落ちようとしていて、それに動揺した参加者達は次々と巣から手を離すが戻ってくることはなかった。

「ヤバイヤバイヤバイ! 本当に! お願いです! イ、イルミさん!! 助けてぇえええ!」

涙声でが叫んだ時、イルミは巣から手を離して落下した。
高速で落下する中、一瞬だけ卵を掴んだのが見え、そこでは気を失った。
気を失ったことでの腕がイルミの首から離れかけ、イルミは「イルミはオレなんだけどなぁ」と笑いながら片手で抱き寄せる。
そのまま落下を続けていると突然下から突き上げられるような気流が舞い上がった。
参加者の身体をいとも簡単に押し上げられ、歓声が沸き起こる中、だけは気を失ったままだった。

*****

が目を覚ました時、見知らぬ場所に居た。
最後に記憶があるのはクモワシの巣にぶら下がり、突然ギタラクルが手を離した所までだった。
はゆっくりと身体を起こしてあたりを見回すと、まるでビジネスホテルの一室のような作りに困惑した。
一体気を失っている間に何が起こったのか。
ぼんやりする頭を抱えていると突然ドアが開き、そちらの方に顔を向けた。
ひょこっと顔を覗かせた二人の少年には瞬きを繰り返した。

! 起きたのかよ! 大丈夫か?」
「キル、ア……君」
「良かったー。って合格してるのにあのギタラクルって人と一緒に飛び降りるかビックリしたよ」
「ゴン君も……って、違うの! 私は無理やり連れてかれたんだよ!」
「はいはいはい。言い訳はいらねぇっつーの!」

が起きてるのを確認した二人は遠慮なく入り、キルアはの横に腰掛け、ゴンはベッドに頬杖をついてを見上げた。
何だか弟が二人出来たような感覚にむず痒さを感じているとキルアにおでこを弾かれた。

「痛っ! 痛いよキルア君!」
「お前が油断してるのが悪い!」
「まぁまぁキルア。が目を覚ましたんだから良いじゃん」

ニヒヒと笑うゴンを見ながらは「心配かけてごめんね」と首を傾げた。

「それで……二次試験は……」
「オレら含めて42人が合格。今は第三次試験会場に向かってる途中で到着予定時刻は朝の8時らしいぜ?」
「そ、そうなんだ……所で今は……」
「夜の10時だよ!」
「10時!?」

随分寝ていたことに驚いたは慌てた。

「良い子はもう寝る時間でしょ!?」
「はぁ? オレらぜんっぜん眠くねーし、これからゴンと飛行船内探索するところだぜ?」
「そうそう。で、が起きてるか見に来たんだ。も一緒に来る?」
「い、行きたいのはやまやまだけど……正直シャワーを浴びたい……かな?」

一次試験から始まり長くて大変な1日を過ごした以上身体はベタつき、若干気持ち悪さがあった。
そしてタイミング良く腹の虫も鳴ってしまい二人に笑われた。
あんまり無茶しないこととちゃんと睡眠を取る事を約束させ、キルアとゴンは館内探索に出かけた。
二人が居なくなった途端静まり返る部屋に少しだけ寂しさを感じながらもはベッドから降りてシャワー室を探した。
磨りガラスのドアを開けるとユニットバスが備え付けられていた。
誰も来ない事を確認し、ベッドの脇に置かれた鞄から下着とTシャツとショートパンツを取り出して磨りガラスの向こう側へと身体を滑り込ませた。

*****

シャワーを浴びた後、は大広間でまだ残っていた食事に手をつけているとネテロの秘書であるビーンズが「体調はもうよろしいですか?」と空の皿を回収していた。
迷惑かけた事を謝るとビーンズは「私達は何もしていませんので」と笑っていた。
どうやらが寝ていた部屋は救護室だったらしく、参加者は大部屋で身体を休めている事を教えて貰った。
何だか一人だけ良い思いをしてしまって申し訳なくなり、は頭を下げた。

「三次試験も頑張って下さいね! それでは私はこれで」

小さく頭を下げて一礼するビーンズに手を振り、も軽く食事を済ませて大広間から出た。
大広間から出ると大きな飛行船の窓が見え、そこから見える景色は圧巻だった。
ビルのライトがまるで宝石のように瞬き、はその夜景に惹かれるように椅子へと腰掛けた。
日本を離れ、ゾルディック家からも離れ、ひとりぼっちの時間は寂しさがあった。
いつも側には誰かが居てくれたが今は居ない。
は顔を突っ伏すようにしながら片目で夜景を見つめた。

「イルミさんと……見たかったなぁ……」

今頃イルミは実家に戻ってきているだろうか。
ゾルディック家に居ない自分の事をどう思っているのだろうか。
早く会いたいと思う気持ちもあれば、イルミのために頑張っている試験をやり遂げたい思いもあり複雑な心境だった。
腹が膨れた事で睡魔が徐々にの身体を侵食する。
ゆっくりと瞼が下がり、意識がどんどん深い所へと沈んでいき、数分後にはの口からは小さな寝息が漏れ出した。

*****

「あれ? 居ない」

イルミは空っぽの救護室を見ながら顎に手を当てた。
が取りそうな行動を考えてすぐに救護室から出ると真っ直ぐに食事が用意されていた大広間へと足を向けた。
真っ直ぐ歩いていると窓に備えられた椅子に座り、テーブルに突っ伏しているの小さな身体見えた。
首からタオルをかけている所を見るとまだ髪の毛が完全に乾ききっておらずイルミは呆れた。

隣に腰掛けて寝息を立てているの寝顔を頬杖を付きながら眺め、軽く頬を突いてみるがは目を覚まさない。
の前ではギタラクルという猫を被っている以上声は出せなかったが、眠っている今ならと思いイルミは小さくの名前を呼んでみた。

「ん……」

一瞬の眉間が寄ったが、起きる気配はなかった。

「風邪引くよ?」
「んん……イルミ、さん……?」

一瞬の口が動いた。
しかし目は固く閉ざされており、寝言を言っているようだった。
久しぶりにの口から自分の名前を聞いたイルミは「ん?」と返しながら濡れている前髪に触れた。

「私……頑張ってます、から……」
「うん」
「だから……そんな……怒ら、ないで……くだ、さい……」
「怒ってないよ」
「ううん、目が……怒って、ます……」
「目?」

イルミは窓ガラスに映る自分の顔を見た。
今はギタラクルに扮しているからか目が座っているように見えるだけで、とても怒っているような目には見えなかった。
きっと夢の中では怒られているのだろうと思ったイルミは「怒って欲しいのかな?」と首を傾げた。
そのままにしていては風邪を引くだろうし、寝るならもっと楽な体勢でと思ったイルミはの身体を起こし肩に担いだ。
しかし、流石のもそこまで身体を動かされれば目が覚める。
ゆっくりと目を覚ましたは自分がギタラクルに担がれている事を理解すると「ちょ、え!? ギタラクルさん!? お、降ろしてください!!!」と暴れた。
まだまだ自分の存在に気がついていない事にイルミは静かにカタカタと笑いながら大部屋へと向かった。


2020.12.07 UP
2021.08.05 加筆修正