パラダイムシフト・ラブ2

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足元が見えず、うまく着地が出来なかったはそのまま尻餅をつき、「いった……で、此処は……?」と周りを見渡すと同じメンツがそこにいた。
みんな離れることなく、一緒に行動出来ることに顔が綻ぶと各々は立ち上がり、クラピカが「短い別れだったな」と服の埃を払い落とした。

「なんだよ……どれを選んでも結局同じ部屋に降りるようになってやがったのかよ」
「でも私は皆さんと離れちゃうかもって思うとちょっと寂しかったですよ」

はお尻をさすりながら立ち上がり、座っているレオリオに手を差し伸べたがそれは無視されてしまった。
まだまだ警戒心の強いレオリオと仲良くなるには時間がかかりそうだと切り替え、部屋の中を見渡した。
レンガ調の壁に囲まれた四角い形をした部屋には窓一つなく、密室で唯一何か手がかりがあるとすれば壁にかかった何かと、その下にある台座だった。

「君達5人は此処からゴールまでの道のりを多数決で乗り越えなければならない」
「5人?」
「見て! タイマーも5人分あるよ」

台座の上には5人分のタイマーがついた腕時計があり、マルとバツが押せるスイッチのようなボタンが付いていた。
モニターには何やら数字が表示されており、どんどん時間が減っていくそれはまるで制限時間を表しているように見えた。
この時間内にどんどん多数決で問題をクリアして地上を目指すとなると相当のストレスがかかるのを感じては先行きが不安になった。

「多数決って……ちょっと怖いですね」
「怖い? どうして?」
「満場一致なら良いですけど、もし自分の意見が通らなかったり、逆に少数意見の方が正解だったりすると結構人間ってストレスを抱えるもんですよ」

多数の意見が尊重される多数決の残酷さは学生の頃に経験していた。
やりたくなくても周りから”それっぽい”や”真面目だから”という意見が大きければ大きいほど少数派の意見はかき消される。
この状況でどんな問題が出るかは分からないが、三次試験ともなれば心をかき乱すような問題が出てもおかしくは無い。
残酷な2つのボタンを撫でていると「よーこそ!」と自分たちの状況を見て楽しんでいるような声が部屋に響き渡った。

「だ、誰だ!」
「私の名はリッポー。刑務所所長兼第三次試験の試験管だ」
「刑務所?」
「此処って……刑務所なんですか?」
「このタワーにはいく通りものルートが用意されている。お前達が選んだのは多数決の道。クリアのためには互いの協力が必要絶対条件となる。たった一人のワガママは決して通らない難コースだ。では! 諸君らの健闘を祈る!」

放送が途切れた途端背後のレンガの壁の一部が動き出した。
そこから現れたのは鉄の扉で扉にはディスプレイが掛かっており”この扉を”と書かれていた。
開けるのであればマル、開けないのであればバツ。
早速多数決が始まっており、全員一致でマルを押すとモニターにそれぞれマルとバツを押した人数が表示された。

扉を抜けるとまたしても問題が現れ、今度は右と左のルートどちらに行くかという設問だった。
両方ともその先に何があるのかわからない以上、どちらも選択してもリスキーでなかなか難しい問題がだ以外がさっさとボタンを押してしまい、も慌てて押した。
表示された結果は左が2人で右が3人。

「はぁああ!? 何で右なんだよ!!! こういう時は左だろ普通!!!」

狼狽えるところを見るとどうやらレオリオは左を選択したらしい。

「確かに行動学からの検知からも人は迷ったり分かれ道を選ぶ時は無意識に左を選択するケースが多いらしい」
「それオレも聞いたことがある」
「へぇ……初めて知りました」
「ちょ、ちょっと待て! それじゃ計算が合わねーぞ!!! お前ら一体どっちを押したんだよ!!」

クラピカとキルアは声を揃えて「右」と言うと、レオリオはゴンの方を向いた。
「ゴン! お前は!?」という問いに対してゴンは「左だよ?」と首を傾げ、残るに「ならお前が右を押したのかよ!」と詰め寄るレオリオには無言で頷くしかなかった。
理由は特に無いが、ただ何となくで押した事にこんなにも詰め寄られるとは思わず「ご、ごめんなさい」と咄嗟に謝る始末。
結局多数決で決まった右のルートに進むと開けた場所に出たが、それ以上は前に進めなかった。
丁度5人ぐらいが立てる場所を隔てた所に四角にポールが備えられているステージがまるで宙に浮いているように見えた。
まるでその場所は戦いの場のような雰囲気があり、は生唾を飲み込みながら自分達が立っている場所とフロアの間を覗き込むと底が見えず、自分達がどれだけ高い所に居るのかわからなく恐怖に震えた。

「こ、これって落ちたら……」
「死ぬん……じゃねぇの?」
「ですよね……」
「見ろよ、あそこ」

頭上で喋るキルアの声に誘導されては顔をあげて正面を見た。
そこにはフードをかぶり、手錠を付けられた人間が5人立っていた。
ガチャンと重たく鈍い音が響き渡り、仄暗い所から姿を現したのは恰幅の良い男だった。

「諸君、説明しよう」

先ほどの密室で聞いた試験官であるリッポーの声が聞こえてきた。

「諸君らの前に居るのはこのトリックタワーの幽閉されている囚人達だ。彼らは同時に審査委員会から正式に任命を受けた雇われ試験官でもある。諸君にはこれから此処で彼ら5人と戦ってもらう。勝負は一対一。各自一度しか戦えない。戦い方は自由。引き分けは無し。相手に負けを認めさせたら勝ちとする」

響き渡るリッポーの声には自分も必ず戦わなくてはならない事を理解し、無意識にキルアに身を寄せた。
ゴトーから教えてもらったのは鬼ごっことコインから避ける事のみで相手に一発を入れるような実戦を兼ねた訓練は経験に等しい。
そんな状態で皆の役に立てるのか不安でいっぱいになった。

「順番は自由に決めてもらって結構。諸君らは多数決。つまり3勝以上すれば此処を通過出来る。ルールは極めて単純だ」

前に出てきた受刑者の一人が分かりやすく勝ち筋を教えてくれたが、結局此処でも多数決が決め手となる。

「要するにオレとゴンとクラピカが勝てば良いんだろ?」
「オ、オレだってそこそこ出来るわ!」

「だからは心配すんなって。適当にやれば良いから」とキルアがに笑うとは小さく頷いた。
どんな犯罪を犯したのかは分からないが、兎に角勝負をしても死なない事が大前提。
自分は正直戦力外だろうが、やれる事だけの事はやりたい。
そう思いながらは真っ直ぐに前を見た。

しかし、勝負自体はそう単純で無い事をリッポーは説明した。
受刑者達は参加者を足止めした分だけ刑期が短くなる契約をしているらしく、時間稼ぎも彼らの狙いとなることだった。
達も同様に72時間以内のゴールが制約として課されているため、時間の駆け引きも非常に重要になってくる。

「俺はベンドット。懲役199年。こちらの一番手は俺だ! そちらも選ばれよ!」

前に出た男がニヤリと笑う。
戦い方が自由と言う事は裏を返せば何でもありのデスマッチになる可能性、何を仕掛けてくるか分からないという恐怖が5人を誘う。

「相手の出方が測れない分初戦のリスクは大きい。此処は私が」

クラピカが前に出ようとするのをは「ちょっと待ってください!」と制止した。
4人の目が一斉にに向く。

「わ、私が……行きます」
が!? 危険すぎる!」

は胸を張りながら宣言するが、声は震えていた。

「おいおいおい。いくら頑張るっつっても相手は大男だぜ? お前みたいなヒョロっちぃ女じゃ簡単に……」
「そうだよ。まずはオレかレオリオで行くから」
「駄目です! 此処は、私が……行くのが得策です」
止めとけって!」
「キルア君、此処に居る皆は必ず1回は戦わないといけないんだよ。だったら……私で相手の出方を見た方が良いでしょ? 万が一私が出ないまま2勝2敗なんてことになったら私達はお終いだよ」

の額にじんわりと脂汗が滲む。
本当は怖い。
出方が分からない以上どんなルールになるのか、どんな戦いになるのか分からない以上初戦にが出るのはリスクがありすぎる。
しかし、毒見役として徹すればどんな戦い方を提示してくるのかを知る事が出来る。
力では頭数に入れない。
ならばこういう場面でチームに利益を齎す事しか自分の存在価値は無い。
は大きく息を吸い込みながら迷いの無い目で「先に私という不安要素を潰すためにも、私が行きます」と4人を見る。
その揺らぎの無い瞳を見ると4人はもう何も言えなかった。

「リッポーさん! 初戦は私が行きます! お願いします!」

の宣言後、床に収納されていたステージまで伸びる道がゆっくりと現れ始めた。
は背負っていたバッグをキルアに預け、皆の顔を見て「行ってきますね」と笑った。


2020.12.22 UP
2021.08.05 加筆修正