パラダイムシフト・ラブ2

72

気を失っているをベンドットは嘲笑い、床に落ちていた眼鏡を踏みつぶした。
勝負の決着は付いているというのにそれでもベンドットはから視線を外さない。

「お、おい……勝負はもう終わりじゃねーのか?」

誰が思った事をレオリオが口にするとキルアが「止めろよ!」と叫ぶ。
一瞬振り返ったベンドットは不気味な笑顔を浮かべた後、に近づいた。

「ポイントは我々に入ったが、俺が提案したのはデスマッチでこの女はそれを承諾した。この女が死なない限り俺達の勝負は終わらない」

ベンドットが拳を振り上げるよりも早く動いたのはキルアでその動きの早さに誰も気がつけず、反応出来なかった。
一瞬のうちにの前に立ち、ベンドットが振り下ろした拳を片手で受け止め「ふざけんなよ」と凄む。
会場全体を包む殺気と子供とは思えない怒りに満ちた表情にベンドットはたじろぎながら一歩後ろの下がるとキルアの爪が拳にめり込む。
ギリギリと音を立てるように、徐々に皮膚に侵入する爪にたまらず声を上げて許しを請うた。

は負けを認めてんだよ。これ以上やろうって言うならオレがお前を殺すよ?」

脅しじゃない声色と人を殺す事に躊躇いの無い瞳。
ベンドットが身を引く事を宣言しするとキルアは手を解放した。
その場から逃げるようにステージから降りたベンドットを見ながらキルアはの前にしゃがみ、首筋に指を添わせて脈を図る。
微弱ではあるがまだ残っている脈の鼓動を確認するとゆっくり抱き抱え、不安そうな表情で待っている仲間の元へと戻った。

は大丈夫なの!?」
「酷く吹っ飛んだが……意識はあるのか?」

ゴンとクラピカが不安そうな顔での顔を覗き込む。
苦痛の表情のまま小さく開かれた口からは微かに呼吸の音が聞こえ、キルアが「普通なら死んでたかもな」と小さく漏らしての身体をゆっくりと下ろした。

「オ、オレに診せてくれ!」

その時、胸に手を当ててレオリオが前に出た。
レオリオのに対する散々な当たり方に良い印象を持っていないキルアは眉間に皺を寄せながら「は?」と答えた。

「何で?」
「な、何でって……オ、オレは……!」

寝かされたが大きく咳き込むと口元を血で汚し、飛んだ血液がシャツを汚した。

!」
しっかりして!」
「まさか肺が……!」
「……退け!」

駆け寄る3人を押しのけ、レオリオはの身体を起こし、クラピカにの身体を支えるよう指示した。
喉を触り、服の上から胸元、腹を触わったと胸に耳を押し付けた。
止めに入ろうとするキルアを制止したのはを後ろから支えるクラピカで、迷いの無い動き方から医療の知識があるレオリオに任せてみようと提案した。

「肉体には問題無い……ってことは……」

の唇から垂れる血を指で拭い、両手でその口を開かせた。
暗くて見えない空洞にレオリオは持っていた鞄をすぐに開けて一本のペンライトを取り出した。
一瞬見えたその鞄の中には小瓶や注射器、包帯などが入っていたのが見えたキルアは唇を噛み締めながらレオリオの行動を黙って見つめた。

照らされた口腔内には切れた部分があり、そこからは出血していることが確認出来た。
小さい傷であればすぐに止まるものだがの傷は少しばかり範囲が大きくなかなか出血が止まらない。
寝かした時に口内に溜まっていた血が気管に入ってしまったことで噎せたのが原因であると突き止めたレオリオは鞄から小さな丸型のケースを取り出して、中に入っていた練り薬を指に取るとの口内に指を入れた。

「んぐ……」
「我慢してくれ。沁みるかもしれねぇけどこれですぐ止まるからよ」
「んっんん……」

徐々に意識を取り戻したが身体を動かそうとするのでレオリオは片手で動くなと命じる。

は……大丈夫なのか?」

クラピカが尋ねるとレオリオは吐血の原因を説明しながら鞄の中から液体の入った小瓶と注射針を取り出した。

「ただ……背中の方は診て見ないとなんとも言えねぇ」
「折れているのか?」
「いや、折れてたら座って重心を取るのは無理だ。多分打撲だろうけど……今はこれしかねぇしなぁ」

注射針が小瓶の中の液体を吸い上げる。
余分に入っている空気を抜くと注射針を脇に置き、虚ろな目をしているの腕を取り自分のネクタイを外してそれを細い二の腕に巻きつけた。

「おいおいおいおい、に何すんだよ」

得体の知れない物がの身体に入ると思ったキルアとゴンがレオリオの横にしゃがむ。

「何って鎮痛剤打つんだよ」
「レオリオさん……ありがとう、ございます。でも私……大丈夫です。起きれ、ます、から」
「怪我人は黙ってろ。今楽にしてやっから」
……痛く無くなるみたいだから我慢して?」

腕に薄っすらと浮かぶ血管を見ながらレオリオは中指で白い肌に触れる。
一箇所だけ皮膚に浮かび上がる血管を確かめた後、レオリオは注射器を持ち、その場所に静かに針を刺した。
ゆっくりと入っていく液体。
4人が固唾を飲んで見つめるその様子をも見ながら、小さく「役に立てなくて、ごめんなさい」と零した。

「お前は十分やっただろ。これでだいたいの力量や相手の出方を知れたし、少し休んどけ」
「でも……皆さんの活躍を……私も、見たい……です」
「怪我人は怪我を治すことだけに集中しろっつの」

静かに抜き取られた針には小さくため息を漏らすと視界をレオリオの手によって塞がれた。
徐々に訪れる睡魔にはゆっくりと瞼を下ろした。
カクンと首が折れるとレオリオが「おっと」と漏らしての頭を支えた。

「これで大丈夫だ。は眠ったぜ」
「は? 鎮痛剤じゃなかったのかよ」
「あぁでも言わなきゃこいつは打たせてくれねーだろ。怪我人は絶対安静って昔から決まってんだよ」

ふぅと小さくため息を零したレオリオは「この勝負が終わるまでは眠っててもらう」と言うと、3人は静かに頷いた。

「オレはの症状に変化が無いか診てなきゃならねぇ。次は3人の内誰かが行ってくれ」
「ならオレが」
「いや、次はオレが行くよ」

最初に立ち上がったのはゴンだった。

「レオリオはを診てなきゃいけないし、クラピカはを支えてないと。キルアは大事な友達なんだから最後まで側に居てよ」

ゴンは腕をぐるぐる回しながら「の仇、取らなきゃね」と笑った。


2021.01.01 UP
2021.08.05 加筆修正