パラダイムシフト・ラブ2

70

が眠っている間、勝負は2勝2敗にもつれ込みが最初に不安視していた状況になってしまった。
もしこの状況でが最後に残っていたとしたら間違いなく達に勝機はない。
しかし、現状残っているのはキルアのみとなり一か八かの勝負が始まろうとしていた。
キルアが勝負に出るため、の身体を支える役をレオリオが変わろうとしたところ満場一致で否定された。

「そんなおぞましい手でに触れさせるわけねーだろ! このスケベ親父!」
「恥を知れレオリオ!」
は怪我人なんだからさっきあの人にしたみたいなことしたらが傷つくよ?」
「お前らオレを何だと思ってんだよ!!! 怪我人と健全者はちげーっつーの!」

キルアはクラピカに支える役を代わってもらうと首をこきこき鳴らし始めた。

「いよいよ最後の勝負だ。キルア、最後の囚人がどんな奴か分からないが、気をつけろ」
「別に何となく勝負のパターンは分かってるし、どうせ最後は脳筋ってオチだろ? 大丈夫じゃね?」

のんきにキルアがストレッチをしていると最後の囚人が出てきた。
その人物を見たレオリオは顔色を変え、「あいつは……」と漏らした。

「知ってるの?」
「……オレ達の負けで良い。キルア! あいつとは戦うな!」
「何で?」
「あいつは……解体屋のジョネス。ザバン市史上の大量殺人犯だ」

レオリオの言葉にキルアは「へぇー?」と首を傾げた。

「狙われた人間に関連性は無い。老若男女問わず146人が彼の手によって無残な死を遂げた有名な事件さ。その遺体には全て共通項があった。どの殺人も全て素手によって行われていたんだ。あいつの特徴は異常なまでの握力、指の力だ」
「ふーん」
「あんな異常殺人鬼の相手をするこたぁねぇ! 試験は今年だけじゃ無いからな!」
「素手ねぇ。ならオレも素手で行くよ」

前に出るキルアの前にステージまで続く道が伸びる。
臆することもせず堂々と歩くキルアの背中にレオリオが文句を言うと、の身体を支えながらクラピカが「彼に任せよう」と言う。
ステージ上でキルアとジョネスが向かい合うのをゴンを静かに見つめていた。

「勝負の方法は?」

はっきりとしたキルアの声が会場に響き渡る。

「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは一方的な惨殺さ。試験も恩赦も俺には興味が無い。お前はただ、泣き叫んでいれば良い」
「そう、オッケー。じゃあ死んだほうが負けで良いね」
「あぁ、そういうことだ」

ジョネスが片腕を上げ、キルアに触れようとした時キルアが纏う雰囲気が変わった。

「お前の亡骸を俺様がこの手でバラバラに」

キルアは一歩を踏み出してジョネスの横を通り過ぎた。
その歩みは一切の音を立てず、自然に、風のようだった。
周りで見ていた者には分からないが、ジョネスだけには身体の鼓動が止まるような感じがした。
それが行われたのは一瞬のことで、ジョネスは対抗する間もなく、あっけなく大事な物をキルアに取られてしまった。
自分の身体とは違うところで鼓動が聞こえる。
ジョネスは自分の左胸を見ながら「なんだ……? な、なんだ……寒い……」と赤黒く滲む部分を抑えた。

ジョネスが振り返るとキルアの手には何かが握られているように見えた。
同じように振り返ったキルアは黒い笑みを浮かべながら左手に持ったドクンと鼓動を打つ袋を見せる。
それが何なのかを理解するのに時間はかからなかった。
あるべき場所から抜き取られたその袋は徐々に鼓動を弱くしていく。

「そ、そ、それ……俺の……!」

それでも頑張って動こうすると袋にジョネスは手を伸ばす。

「頼む……返して……!」

重たい足取りでキルアに近づくも、鼓動に合わせてジョネスの動きも鈍くなる。
袋の鼓動が止んだと同時にジョネスもその場に倒れ、返してくれと訴える手にキルアはその袋を乗せた。
ピコンという電子音がキルア達が3勝したことを告げた。

「これで3勝2敗。ここはパスだろ?」

試合の行方を見ていたベンドットにキルアがそう尋ねると「君達の勝ちだ」と返ってきた。

「ところで、おっさんは物足りないんじゃない? を殺したがってたみたいだけど……オレもその殺し屋の関係者なんだよね。オレで良ければ遊んであげるけど?」
「……やめておく」
「あっ、そう」

子供成せる技とは思えない動き、技を見せられては太刀打ち出来ないと感じたベンドットは脂汗が止まらなかった。
本当の殺し屋を見ているようで命がいくつあっても足りない相手に怖気付き、キルア達がペナルティを受けるための部屋に移動していくのをただただ見つめるだけが精一杯だった。

*****

その頃、最初の第三次試験の合格者が現れてから約6時間後にもう一人の合格者が現れた。
壁のドアが持ち上がり、姿を現したのはイルミだった。
身体には一切の傷はなく、いつもの針人間の顔で姿を現したイルミはカタカタ笑った。

「第2号407番、ギタラクル。12時間2分」

アナウンスの後、イルミは壁に寄りかかってトランプのタワーを作って遊んでいる合格者第1号であるヒソカを見て「ゴールしてると思ったよ」と言った。
その声にヒソカは顔を上げ、作り上げたタワーを指で弾いて崩した。

「やぁ。ちょっと遅かったんじゃ無い?」
「タワーの作りを調べてたら遅くなっちゃった」
「あわよくばお姫様と合流出来るかも、とでも思ったのかい? 試験はそんなに甘く無いよ」
「そうだね」

イルミはヒソカの前に座ると「あー疲れた」と表情とは裏腹なことを言う。
崩れたカードをかき集め、シャッフルするとヒソカはカードを自分とイルミに配り始めた。

「暇だしババ抜きでもしようよ」
「オレ疲れてるんだけど」
「良いから良いから」

カードを配り終えるとヒソカは手札の中からペアのカードを抜き始めた。
イルミも仕方なく付き合うことにしてカードの山に手を伸ばした。

「お姫様、大丈夫かなぁ?」
「キルが一緒なら大丈夫でしょ」
「本当は一緒に居たかった?」
「んー。この試験では邪魔になったかも」

イルミは手札の中からペアのカードを抜き終えるとヒソカの枚数と自分の枚数を確認した。
自分よりも少ないことに少し目を細めるとヒソカは笑いながら「君からどーぞ」とカードを前に出した。

「そろそろさぁ、ハンターらしい試験が来るとボクは思うんだよね」
「ハンラーらしいって?」
「殺しても良いような試験」

イルミがヒソカの手札から抜いたカードはジョーカーだった。
一度シャッフルしたあと、「早く」とヒソカを急かした。
「どれがジョーカーかなぁ」と楽しみながら指で選び、ヒソカはジョーカーの隣のカードを引いた。
そのカードはペアとなってヒソカの手札から消えた。

「お姫様が狙われちゃうとか、あるかもよ?」
が狙われる前にそいつをオレが殺せば問題無いね」

イルミがヒソカの手札からカードを引き、ペアとして1組が消える。

「なら君がお姫様を狙う立場だったら?」
「オレが棄権すれば良いだけの話だし」
「逃げられない戦いだったら? 君はさ、イルミはお姫様と戦え、いや、殺せるの?」
「……何が言いたいわけ?」

イルミの手札の中にはまだジャーカーが残っていた。

「”人”に興味を持たない君がどうしてそこまでお姫様に固執するのか。非常に興味深いんだよね」
「家族も大事だよ?」
「お姫様とは血の繋がりは無い。つまりそれは君の言う家族とは違うよね? 家族とは違う何かをお姫様に感じてるんじゃ無いのかい?」
「家族とは違う何かって具体的に何?」

ヒソカはまたジャーカーでないカードを抜き取った。

「んー、愛?」
「オレのこと馬鹿にしてる?」
「違うよ。一般的に女性に対して抱く感情さ。一緒に居たい、守ってあげたい、触れたい、キスをしたい、セックスしたい。色々あるじゃないか。そういうのは思ったこと無いの?」
「うーん……」
「イルミはさ、そう言った女性に対して感じる感情って意味だとお姫様の事どう思ってるんだい?」
「どうって言われても……全部?」
「は?」

ヒソカがキョトンとしている顔をよそにイルミはカードを1枚引く。
「あと3枚だ」と手札に残った枚数を数えてヒソカの引くよう顔の前で左右に振った。

「全部?」
「うん。ヒソカが今言ったこと全部だよ」
「何だ……ベタ惚れじゃないか」
「惚れてないよ」
「え?」
「だって今まで惚れたことないし。あ、でもはオレのことが好きみたいだよ。今までの女が言ってた空っぽの”好き”じゃないから、なんかこう、良い気分にはなるかな」
「イルミは好きって言ってあげないの?」
「うん。だってヒソカの言う感情って全て人間の欲望でしょ? それを抱くのは普通な事であってそれを抱いたからって好きなわけじゃ無いじゃん」

「ってか早く引いてよ」とイルミはカードを前に出す。
3枚のカードの真ん中を選んだヒソカの元にジョーカーが戻ってきた。

「これはお姫様も前途多難だね」
「何で? オレ達仲良いよ?」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ」

それと同時に第3号の合格者が到着していた。
到着したのが達でないと分かるとイルミはあからさまに溜息を吐いた。


2021.01.01 UP
2021.08.05 加筆修正