パラダイムシフト・ラブ2

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「で、起きて早々悪いんだけどよ……」

皆が各自座る場所を確保するとレオリオが最初に口を開いた。
とキルアの関係って……なんなんだ?」と聞かれてとキルアは顔を見合わせるとお互いに首を傾げた。

「なんなんだって聞かれても……」
「友達……ですかねぇ?」

いまいち掴み所の無い答えに次はクラピカが質問を投げた。

「一緒に暮らしているのは本当なのか?」
「はい。と言っても私が急に転がり込んだ形ですが」
「そうそう。は兄貴が連れてきた彼女なんだよ。いきなり一緒に住むことになったとか言われてスッゲービビったんだぜ」

実際好きなのは自分だけで、相手が自分のことをどう思っているのか分からない状態では”彼女”とは言えない気がしたはすぐにキルアの言葉を否定した。
それに対して「は? ちげーの?」と驚くキルアには何度も違うと言った。
そうなると次に飛んでくる質問は簡単に予想出来た。

とキルアのお兄さんはどういう関係なの?」
「か、関係と……言われても……」
「お前……まさか……今更買われたとか言わねぇよな?」
「それこそ違うから! わ、私がその……一方的に……えっと……」

成り行きとは言え、イルミに対して抱いて気持ちを言う事に恥じらいが生まれる。
何処を見て良いのか分からなくなってきたは俯きながら手遊びを始めると、「片想いなの?」とゴンが首を傾げてに聞くとゴン以外の4人の顔が弾かれたようにゴンの方へと向き、は「あ、いや、その……」と顔を赤くさせた。
最終的には俯きならが「お恥ずかしながら」とだけ答えた。

「あはは。、顔真っ赤だよ。ってことはが未来のお姉さんになるのかな? 良かったね、キルア!」
「イヤイヤイヤ、オレは凄く複雑だわ。オレはてっきりそういう関係だとばかり……なぁ、兄貴はマジで頭オカシイからさ。今からでも遅くねぇから考え直せよ」
「えーっと……」

キルアに軽く膝を揺すられながらはクラピカとレオリオに助けの視線を向けるが、二人は二人で別の話で盛り上がっていた。

「しかし、普通何の感情も無い相手、ましてや女性をいきなり実家に住まわせるだろうか? 私には無理だな。ちゃんと順番というものを踏まないと相手にも失礼だ」
「好きって言えないタイプなんじゃねーのか? 今時の草食系男子らしいぜ」
「草食系男子? それは一体何だ?」
「好きな子にアタック出来ねぇ意気地なし野郎のことを言うんだとよ」
「なるほど。それは言い当て妙だな」

結局話は恋愛話となってしまい、は好かれているのかそうでないのかで議論が白熱した。
そんな意気地なしは止めとけという意見に対し、もしかしたらの気持ちを試しているのではという意見が出ると、話はどんどん違う方向へと進んでいった。
キルアだけが頑なに「、マジで他に良い男は沢山居るって」と姉に変な虫が付くのを警戒する弟の様なことを言う。
この状況についていけないを他所にゴン、クラピカ、レオリオは真剣な顔で議論を続け、出た結論は「! 手遅れになる前にちゃんと気持ちを確認した方が良いぞ!」とレオリオに言われた。
言われなくとも分かっていることではあるが、いざ他人に言われると胸に刺さる。
それが出来ればどんなに楽か。
は苦笑いを浮かべながら「そうします」と答えた。

*****

部屋の電気を消してから4時間、は眠れずにいた。
こんな身体でこの先の試験に参加出来るのだろうかという不安と、自分の胸の中にあるギタラクルへの不信感がの睡眠を邪魔していた。
は天を仰ぎながらゆっくりとため息を吐くと、隣で丸くなっていたキルアが「眠れねぇの?」と小さく囁いた。
キルアの方に顔を向けると「もしかして背中……痛ぇ?」とゆっくり起き上がる。

「レオリオさんが食事の後にくれた薬のおかげで今は全然痛く無いよ」
「派手に吹っ飛ばされたけどよく折れなかったな」
「ゴトーさんの特訓のおかげかな?」
「ったく……兄貴は知ってんのかよ? 試験に参加してること」

呆れた様にため息を吐いたキルアは身体をずらしての隣に座ると背もたれに背中を預けた。
鋭い事を聞いてくるキルアにはギタラクルを通してという部分は伏せて事後報告という形で試験に参加している事はイルミも知っている事を伝えると嫌そうな顔をされた。

「こっわ。帰ったら拷問されっかもよ? 兄貴、事後報告スゲー嫌うし」
「その時はキルア君に守ってもらおうかな」

少しだけ笑いながらそう言うとキルアは「ガチギレした兄貴をオレが止められるわけねーだろ」と頬を膨らませた。
しかしすぐにキルアは真剣な顔つきで「なぁ」と切り出した。

はさ、何で試験に参加したんだよ」
「ん?」
「死者も出るって……知らねぇわけじゃねぇだろ?」
「うん……」

色んな事が重なって参加しているこの試験は元を辿ればイルミのためでもあるが自分のためでもある。
は小さくため息を吐くと静かに目を瞑った。
レオリオのイビキが響く部屋で、は自分の本心を何処まで言えば良いのか悩んだ。
言葉を探す様には「認めてもらいたいの」と小さく言った。

「認めてもらいたいって……誰に?」
「皆。私ってほら、何も出来ないでしょ? だから、役に立てる人間だって認めてもらうために試験に参加したんだよ」
「何だよそれ……兄貴の連れなんだから認めない奴なんていねーよ」
「表面上はね。でもね、表面上じゃ意味ないんだよ。ちゃんと、しっかり私という人間を見て欲しい。だから、そのためには、ライセンスを取る事が絶対なの」

は途中言葉に詰まりながらも、自分がライセンスを取るきっかけをキルアに話して聞かせた。
最初はゾルディック家で自分でも何か出来る事は無いか探していた事、そして自分の身は自分で守る事が出来るようにならなければこの”世界”では生きていけない事。
そして表面上では文句を言わなくとも、内心では面白く思っていない人もいる事。
力をつけなければ生きていけない世界に慣れるためにゴトーに特訓をつけてもらい、この試験でライセンスを取得出来れば認めてくれる人間が増える事など。
が話し終えるまでキルアは黙ってそれを聞いていた。

「あとはまぁ、イルミさんがライセンス持っていないみたいだから私が持てば箔もつくみたいだし、役に立てるかなって思ったのが……この試験に参加している理由かな」

話し終えたは小さく笑いながら「こんな感じかな」と言うと、キルアは小さな声で「意味、わかんねぇ」と呟いた。
俯いたキルアにが首を傾げるとキルアは「ウチの家族に、そんな価値なんか無い。がそこまで頑張る必要なんて無い」と寂しくなるような事を言った。

「どうして、そう思うの?」
「は? だって……殺し屋なんだぜ? 人殺してる金貰ってる人間なんだよオレの家族って。そんな奴らの役にたちたいとか認められたいって……おかしいだろ」
「……私も、前はそう思ってたよ。人殺しって……悪い人じゃん、って」
「なら何で……何でそんな人間のために頑張るんだよ?」

”何で”と聞かれれば答えは一つしか無い。

「まぁ……イルミさんが、好きだからかな」
「やっぱも頭おかしいわ」
「キルア君はよっぽどイルミさんが嫌いなんだね」
「き、嫌いっつーか、こえーんだよ。そんなのとがその……なんつーか、はえーと、兄貴みたいな殺し屋よりその、一般人の方が、良いと思う。あんな兄貴の……何処が良いんだよ」

キルアの言葉には頷きながら笑った。
きっとキルアは殺し屋としてのイルミしか知らない。
殺し屋ではないイルミはマイペースで、料理が出来なくて、ワイドショー番組を見て、意地悪かと思えば優しくて、いざとなったときに助けてくれるのをキルアは知らないし、想像も出来ないだろう。
そんなところに惹かれたと話したところで絶対に嘘だと言われる。
そのためには自分がどうしてそれを知っているかをキルアに説明しなければならない。
試験に行く前、ゼノと話した時にイルミが人形っぽくなくなって良かったと話していたのを思い出した。
その時ゼノはに対して”異国、いや、どこか違う所から来たお嬢さんのおかげかの?”と言っていた。
少なくともキルア以外の家族にはこの世界の人間でないとバレている可能性が高い。
恐らくキルアは気がついてない。
は小さく息を吸うと決意を込めてキルアに聞いた。

「秘密は絶対に言わないって、約束出来ますか?」
「……ったり前じゃん。オレ達、友達だし。っつーか今更敬語とか……なんか気持ち悪ぃんだけど」

キルアと友達になると決めた日に言われた言葉をはキルアに返した。
ゆっくりと頷いたキルアには「信じてくれなくても、良いからね?」と前もって伝えるとキルアは鼻で笑った。

「兄貴よりの方が信じられるっつーの」

その言葉には自分がこの世界の人間では無い事を伝える事を決意した。


2021.01.05 UP
2021.08.05 加筆修正