パラダイムシフト・ラブ2

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起きてから出来る事は限られており、クラピカを本を読み、キルアは持ってきていたスケートボードの手入れをし、レオリオはテレビを見ていた。
はゴンの話に耳を傾けながらクスクス笑っていた。

「それでね! 最後はキルアが戦ったんだけど……凄かったんだよ!」
「どんな風にですか?」
「一瞬でね! 心臓を抜き取ったんだよ!」

「早すぎて全然見えなかったんだけどね」と話すゴンから視線を外してはキルアを見た。
タイヤを磨いているキルアの背中を見ながらは何て言えば良いか迷っていた。
この時、どんな言葉が正解なのだろうか。

「別に。凄くねぇし。あんなの……ウチの家族じゃ誰だって出来るし」

キルアの声はどこか棘があるように聞こえた。
まるでその話題を口にして欲しく無いかのように。

「で、は背中どうなの? 昨日痛い痛いって騒いでたけど」
「さ、騒いで無いよ。でも、だいぶ痛みも引いてきたかな。流石、レオリオさんはお医者さんの卵ですね」

テレビを見ていたレオリオはあくびをしながら「出世払いで良いぜ」としっかり話を聞いていたかのように答えた。
その後も各自暇をつぶしながら壁に掲示されている残り時間を見ては「長いな」と口にした。
部屋に届く食事に文句を言うレオリオを笑いながらはいろんな話を吸収した。
ゴンの出身はくじら島という小さな島で、父親が夢中になるハンターがどんな事をするのか気になって受験したことや、クラピカは同族の貴重な目を盗んだ幻影旅団という族を探すためにハンターになること、そして医者になるためには莫大な資金が必要でハンターライセンスがあれば金が手に入る事などだった。
目指す理由は皆違えど、共に寝食を共にする事で仲間意識が強くなり、まるで試験が始まって知り合ったようには思えないような雰囲気をは感じていた。
こんな気持ちや経験は元居た世界では絶対に体験出来ないことで、改めてはこちらの世界に来て良かったと思った。

「キルアはどうして試験を受けに来たの?」

話しはキルアへと飛ぶ。
も実際にはキルアの口からしっかりと受験をする理由を聞いた事がなかったため非常に気になっていた。
もしかしたら家業のためなのだろうか。
そう考えていると答えは予想外とは違った。

「……巻き込まないため」

その声はとても小さく、隣に居たにだけ聞こえた。

「ん? 今、何て?」
「ただの気まぐれだよ。スッゲー難しい試験って聞いたから試しに受けに来たんだよ。暇つぶしっつーこと」
「あはは。キルアらしいや」
「暗殺一家のエリート君には余裕ってか? でも次はどんな試験が待ってるか分かんねーぜ?」
「この程度のレベルじゃ兄貴達の拷問の方がよっぽど性質悪いよ」

笑って話すキルアの横顔をはただただ見つめていた。

*****

窓が無い部屋では今の時刻が何時なのか分からないのと、昼なのか夜なのか分からないのが不便だった。
食事を取った時だけがそれを探るタイミングで各自昼寝をしたり、ボードゲームで遊んだりしながら睡眠を取っていた。
しかしそれも次第に飽きが来る。
やっと50時間の半分が経過したところで、はずっと疑問に思っていた事を口にした。

「ねぇキルア君」
「ん?」
「イルミさん……試験に参加すると思う?」
「は? 兄貴が? ぜってーしねぇよ。毎年逃げてるし。何で?」

ゴンがキルアのスケートボードで遊んでるのをキルアの横で見ていたは「ちょっと、気になって」と俯いた。
そんなの横に座ったキルアは「もしかしてあの変な男?」と首を傾げた。
その言葉を聞き逃さなかったレオリオは寝転がっていた身体を起こし、「そのことだけどよ」と会話に参加した。

はヒソカとあの変な男と知り合いなのか?」
「……ヒソカさんはえっと、こっちに来る途中で知り合って、ギタラクルさんとは初対面です」
「にしちゃ彼奴等と仲良くねーか?」
「……ギタラクルさんはイルミさん、キルア君のお兄さんのお弟子さんみたいなんです」
「だから兄貴に弟子なんか居ねーよ」

交差する話にクラピカは口元に手を添えながら何か考え込んでいる様子だった。
イルミに弟子は居ないというキルアと、ヒソカから聞いた弟子という言葉にの中で疑問が残っていた。
そして、ゾルディック家から出る前にゴトーから監視役の話を聞いているだけにどうにも腑に落ちない。

「キルア。お兄さんは業界で有名なのか?」
「兄貴がって言うよりウチは有名だよ。多分知らない同業は居ないと思うぜ?」
「恨みを買うような事は?」
「そりゃあるだろうけど、手を出す程馬鹿じゃないよ。そんなことする奴はよっぽど脳みそ足りて無いアマチュアか素人だよ」
、ギタラクルは警戒したほうが良いかもしれない。勿論ヒソカもだ」

突然の名指しでの身体が跳ねる。
真剣な表情でを見つめるクラピカの目を見ると何も言い返せなかった。
クラピカの意見としては、ヒソカとギタラクルは参加者の中でも相当の手練れでヒソカに至っては一次試験の湿原で参加者の数名を殺しているだけに相当危険で、こちらの生活に慣れていないに甘い言葉を使って油断を誘っているのではないかというものだった。
ギタラクルに関してはヒソカと一緒に行動をしているという事は何か裏で繋がっている可能性があるのでは、とクラピカが予想する。

「オレもクラピカの意見には同感。あの二人からは嫌な”匂い”がする。よく一緒に居れるよな。もっと警戒心持てよ」

キルアはの膝を軽く叩いた。

「でもさ、がどうして関係あるの?」
「そこだ、ゴン。あの二人がに構う理由は何だ。それは、と接点を持つ事で何かあるから、と考えたほうが良いかもしれないな」
を何かに利用しようとしてる……ってことか?」
「可能性は0とは言い切れない。それが……殺しの世界だろ?」
「騙し合いや損得勘定で動く奴は多いよ」

キルアはゆっくり頷きながらクラピカの意見を肯定した。
はクラピカの意見をもとに自分の考えを整理していた。
イルミはヒソカの事をビジネスパートナーと言っていたが、それがいつ裏切りに変わるのか分からない業界に居る事は間違いない。
だからと言って自分と接点を持つ事で何の利益が生まれるというのか。
そして気になるのは自分を監視する監視役の存在だった。

監視役として選ばれるなら執事が有力だが、顔が割れているし、キルアもそれに気がつくはずだ。
となると外部の人間に依頼するだろうが、ヒソカは監視の話しは知らない様子だった。
もしかしたらそれは嘘かもしれないが、本当に監視役なのであれば自分の監視をせずに湿原で参加者を殺しているだろうか。
そうなれば必然とギタラクルが自分の監視役に浮上してくるが、監視役は頼れる相手ではないとゴトーが言っていた。
頼ったわけでは無いが、現にギタラクルは走れなくなってしまった自分を担いで二次試験会場まで運んでくれた。
本当の監視役がそこまでするだろうか。
そして一番の謎はギタラクルから感じるイルミの雰囲気だった。
顔は違えど、背格好や手の感触がイルミに似ていた。
もしギタラクルがイルミなのであれば、二次試験でおにぎりを作ったのも納得がいく。
徐々に自分の中で確信に近づき始めるが、キルアの言葉を思い出す。
これも騙し合いのうちだとすれば、答えは迷宮に迷い込む。
何とかして自分の目で真実を確かめなければと溜息を吐くと「おい」とキルアに膝を揺すられた。

「とりあえず、次の試験がどんな試験かによるけど……一人で行動すんなよ?」
「う、うん。そうだね。危ないもんね」
「そうだよ。皆で行動すればどうにかなるしね!」
「あぁ。相手の素性が分からない以上は警戒したほうが良い」

心配してくれる気持ちは嬉しいが、チャンスがあればギタラクルに真相を確かめたい気持ちでいっぱいだった。
ゴンやクラピカは仲間として歓迎してくれている様子だったが、一人だけが浮かない顔しているのには気がついていた。
まだしっかりと話せていないレオリオはまだ自分の事を疑っているようにも見えた。
疑っていても怪我の処置を行ってくれるレオリオは根っからの医者気質なのだろうと思いながら、は「改めて、よろしくお願いします」と頭を下げた。


2021.01.05 UP
2021.08.05 加筆修正