パラダイムシフト・ラブ22

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タイムリミットが近づくにつれ、タイマーを確認する頻度が増えた。
小部屋で過ごす事49時間。
いろんな話をして、いろんな事をした。
その間、動けるようになるためにもレオリオの指導を受けながらは身体は動かしていた。
日常生活で支障が出ない程度までに回復はしたが、試験の事を考えるとまだまだ油断出来ないとレオリオに言われては「分かりました、先生」と笑った。

「せ、先生ってお前……オレは医者じゃねぇ!」
「まだ、なだけですよね?」
「……まぁ、な」
「なれますよ。レオリオさんなら」

ストレッチを行いながらはレオリオを見上げた。

「ぎっくり腰になったらレオリオさんに診てもらうことにします」
、それだけは止めとけ! あちこち触られるぞ!」
「病人にそんなことしねーわ!」
「そもそもスケベ親父のせいでペナルティくらんだろーがよ」
「くっそぉお……!!!」

手を妖しく動かしながらキルアがレオリオをからかう。
大人なレオリオはそれに乗っかるが、本心では相当気にしているのではないだろうかとは思った。
自分の失敗のせいで、仲間に50時間という貴重な時間を足止めに使わなくてはならない責任は想像出来る以上に本人は辛いはずだ。
もしこの50時間のせいでゴールの時間に間に合わなかったとしたら、今までの苦労が全て消えてしまう。
それを誰よりも悔やむのは間違い無くレオリオ本人だ。

「でも、そのおかげで皆さんと仲良くなれました」
……」
「こういう時間でもなければゆっくり話しをする事が出来なかったと思います。だから、私はこの時間があって良かったと思ってますよ」

唇を噛み締めながらレオリオはそっぽを向いて頭を掻いた。

「それにまだ時間だってありますし、大丈夫ですよ」

50時間を払ったところでまだ時間は残されている。
この時間を悲観せず、残された時間で出来る事を精一杯やろうとが意気込むとその場に居たレオリオと以外が小さく笑った。

「そうだね。出来る事をやろう!」
「あぁ。あと1時間もしないでこの扉が開くからな」
「っつーかお前はまず自分の身を心配しろっつの!」

キルアに額を指で弾かれると思ったよりも痛かった。
額を押さえながら「手加減してよぉ」と言うとキルアは腕を組みながら「十分したぜ?」と首を傾げる。
その二人を見ながらレオリオは小さく「ありがとな」と呟いた。

*****

身支度を終えたたちは扉の前に立っていた。
あと1分で開く扉の前で固唾を飲みながらその時を待つ。

「キルア君、忘れ物ない?」
「ねぇよ」
「ちゃんとハンカチとちりがみ持った?」
「ちりがみって何だよ?」
「え? ちりがみだよ? あ、はいこれね」
「……ティッシュじゃん」
「そうだよ?」
「っつーか、こそリュックの口開いてる」

二人のやりとりを見ながらクラピカは「何だか親子のようだな」と笑い、「緊張感ってもんがねぇのかよ」とレオリオは溜息を吐いた。
時間になると今まで閉ざされていた扉が開き、我先にとゴンが飛び出した。
「こら、待て! ゴン!」とレオリオが呼び止めても今まで抑えていた感情が爆発したかのようにゴンは先へと進んで行っくと、その先に待ち構えていたのはやはり多数決だった。
どちらの道を進むか、どちらの通路を通るか、どちらのトロッコを乗るかなど様々な設問があり、その度に5人は話し合いながら進めていった。
後ろから転がってくる巨大な石の塊から逃げる時は走れないを背負いながらキルアはスケートボードに乗って逃げ切った。
時間も徐々になくなり始め、5人の顔に焦りが見え始める。
最後の部屋と思わしきところに出た時、前に立ったキルアがボードに書かれている言葉を読み上げた。

「えーっと、ここが多数決最終の分岐点です。心の準備は良いですか。マルかバツ、だってさ」
「心の準備だと? オーケーに決まってるぜ!」

レオリオの声と共に一斉に各自が腕に嵌めたタイマーの丸ボタンを押した。
電光掲示板にはしっかりと”○”の横に数字の5が表示された。
丸が書かれた扉とバツが書かれた扉の間から生える女神のような銅像の額にある小さなランプが赤く点灯した。

「それでは選んでください。5人で行けるが長く困難な道。もう一つは、3人しか行けないが短く簡単な道」

突然発せられた機会音に5人の表情が高まる。

「ちなみに長く困難な道はどんなに早くても攻略には45時間かかります。短く簡単な道はおよそ3分ほどでゴールに着きます。長く困難な道なら丸。短く簡単な道ならバツを押してください。バツの場合、壁に設置された手錠に二人が繋がれた時点で扉が開きます。繋がれた二人は時間切れまで此処から動けません」

部屋を見回すと壁には様々な武器のようなものが準備されていた。
選択しなければいけないのは5人か、2人の道のどちらか一つ。
部屋の中に緊張感が走るが、考えている時間もあまりない状況には胸に手を置きながらキルアを見ていた。
何か5人で抜ける方法はないかと考えているとレオリオは「さて、先に言っておくぜ」と4人を見ながら言った。

「オレはバツを押す。ただし、此処に残る気も無ぇ。どんな方法を使っても3人の中に残る」

となると誰かがこの部屋に二人、残らなくてならない事になる。
皆それぞれ事情を抱え、ハンター試験を合格したいはずがこんなところで仲間割れをするのは得策ではない。

「あ、あの! 私が……残ります……」
!? お前正気かよ!? お前の認めてもらいって気持ちはそんなもんかよ!」

キルアが大声を出しての身体を揺する。
正直諦めたくはない。
しかし、誰かが折れなくては前に進めないのであれば、自分が残れば良いと考えた。

「冗談じゃねぇ。オレ達だって、どんな方法を使っても3人の中に入るぜ」
「キルア君……私は良いよ。私はまた来年」
「ちょっと待って!」

部屋にゴンの声が響く。

「オレはマルを押すよ。やっぱり、皆でせっかく此処まで来たんだから5人で通過したい」
「ゴン君……」
「一か八かの可能性でもオレはそっちに賭けたいんだ」

ゴンの言葉にキルアは呆れたようにため息を吐きながら残り1時間も自分達には時間がない事を指摘した。
改めて選択肢は一つしかない事と、合格をしたいのであればどうあっても3人の中に残らなければならない残酷な現実を改めて伝えると、誰もが仲間内で戦うしかないのかと考えた。
ゴンの言う理想を現実にすることは出来るのだろうか。
こうして考えている間にも時間は刻々と進んで行く。

「やるしか……ねぇよな」

レオリオは一息ついたあと、壁に掛かっている斧に手を伸ばし大きく振り上げた。

「おらぁあっ!」
「キルア君、危ない!」

すぐに体勢を低くして動こうとするキルアには手を伸ばし、自分の腕の中に収めながら強く目を瞑った。
しかし衝撃は来ない。
はゆっくりと顔を上げて目を開くと、レオリオが振り上げた斧が女神像の頭上すれすれをかすめて壁に突き刺さっていた。
ヒビが入り、パラパラと落ちる破片も見ながらもしかしたらと思った。
しかしこの状況でそれを説明して確実にその考えが通るとは限らない。
それこそ一か八かだ。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
こんな状況はもうこりごりだ。
もう、自分の意見が言えない自分ではない。
自分は参加出来ないが、時間を考えるとギリギリで、ラストチャンスとも言える考えには勇気を出して「止めてください!!」と動こうとするキルアをきつく抱きしめながら叫んだ。


2021.01.05 UP
2021.08.05 加筆修正