パラダイムシフト・ラブ2

80

ゼビル島へ向かうには船で移動することになっていた。
参加者達はタワーを攻略した順番に船へと乗り込みデッキに集まるなか、は波風を感じながら後ろを振り返り徐々に小さくなっていく巨大なタワーを見ながら目を細めた。
数時間前まではあの場所に居たことを思うと、どの試験も全部自分だけの力ではとてもじゃないが突破出来るものではなかった事を痛感していた。
今度の試験は自分の力で何とかしなくてはならない。
不安を胸に前を向くと両サイドにはキルアとゴンが座り、前にはレオリオとクラピカが座っている。
なるべくヒソカとギタラクルと接触しないようにとのことで座った陣形だが、これではギタラクルに探りを入れるチャンスが皆無。
試験が始まる前に少しでも探りを入れたかったが叶いそうにない。

「ご乗船の皆様! 第三次ハンター試験お疲れ様でした!」

操縦室から出てきた赤髪の女性が元気に挨拶するが、それに反応する参加者は誰一人居ない。

「私、ガイドを務めさせていただきますカラと申します! 当船はこれより2時間程の予定でゼビル島へと向かいまーす! 此処に残った25名の方々には来年の試験会場への無条件招待への権利が与えられまーす!」

は小さく「おー!」と零しながら小さく拍手をするが、周りの雰囲気は冷たく以外に喜ぶ者は居なかった。

「例え今年受からなくても気を落とさずに。来年また……挑戦してくださいねぇ……」

最初は元気だったガイドの声が徐々に小さくなり、は「また受けられるなんて凄いね」と感心しながらキルアに言うと「ちょっとは空気読めよ」と膝を軽く叩かれた。
折角此処まで残れたのだから誰だって合格したい気持ちなのは分かるが、突破する者も居れば脱落する者だっている。
その脱落者の中に自分が入る可能性はゼロではない以上、チャンスがあることはにとって救いだった。

「それでは、ゼビル島に着くまでの2時間は自由時間となりまーす! 皆さん、船の旅をお楽しみくださいねー!」

逃げるように去って行ったガイドを見ながらは自分の胸に付いていたプレートの場所に目を落とした。
試験の内容が発表された途端、周りの参加者達は一斉に胸につけていたプレートを外してどこかに隠してしまった。
勿論達も同様に隠したが、その考えに対しては否定的だった。
無駄な争いはしたくないし、どうせ狙うならターゲットのを狙った方が被害は少ないのではないかと考えていた。
奪われるのならば身包み剥がされて奪われるより、正々堂々と奪われたい。
しかし、そんな簡単に物事が上手く運ぶ事ではないのは参加者の雰囲気を感じれば一目瞭然だった。
静かにギラつく目を見るとの口からは溜息が溢れた。

自分のプレートを保持しながらターゲットとなる相手のプレートを手に入れ、決められた日数まで逃げ切ることが出来れば第四次試験を突破出来る。
船に乗ってすぐに達はターゲットの番号は言わないが、互いに”自分のターゲットはこの中には居ない”と確認しあった。
となると誰が自分のプレートを狙ってくるのか。
はプレートが付けていた場所を無意識に撫でた。
ゴトーから教えて貰ったのは逃げる事、危険を察知することだけで反撃を教えて貰っていないに戦う術はない。
こんな事になるなら実践も教えて貰えば良かったと思っていると、視界の隅でギタクルとヒソカが立ち上がったのが見えた。

「次も皆で……合格したいですね!」

はゆっくりと立ち上がり、服についた埃を払うと大きく体を伸ばした。
その様子を4人が見上げる。

「ちょっと、緊張が続いていたんで私はお手洗いに行ってきますね」
「ならオレも一緒に」

立ち上がろうとするキルアには笑みを見せた。

「大丈夫だよキルア君。すぐ戻ってくるから」
「でも……」
「まだ試験は始まってないからこの船の中で何か起こるとか、無いと思うよ? だから、心配しないで」

キルアの頭を軽く撫でてはその場から離れた。
トイレに行くというのは単なる口実で本当はヒソカとギタラクルの後を追うためだった。
試験が始まる前に何か回収出来る情報があるとするならばそのチャンスは今しかない。
キルア達に笑顔を向けながらもの意識は二人へと向けながら4人から離れた。

船内へと通じるドアを開けて入ると中はそれほど大きくはなかった。
目的の二人の姿はなく、は周りを見渡しながら壁に手をついて歩いた。
静かな船内を歩き、なんとなく人の気配を感じたドアの前で立ち止まるとドアノブへと手を伸ばした。
開けようとしたところで背後から「ダメじゃないか」と声をかけられた。
はすぐに振り返り、一歩だけ後ろに下がり声をかけてきた人物を見て小さく息を飲んだ。

「護衛もつけずに一人でこんな所に居たら大事なプレート、取られちゃうよ?」
「ヒソカさん……ギタラクルさんとは、一緒じゃ無いんですか?」
「彼なら昼寝するって言って隠れちゃった。ん? トレードマークの眼鏡はどうしたんだい?」

は目を細めながら「タワーで……色々あって失くしました」と答えた。

「怪我もしたみたいだけど、もう平気なのかな?」
「かすり傷みたいなもんですよ。それより、ヒソカさんは此処で何してるんですか?」
「ボク? フフッ。監視されてる気がしてね。逃げて来たんだよ」
「……監視? 誰にですか?」
「決まってるじゃないか」

ヒソカはゆっくりとに近づき、のプレートがあった場所を人差し指で軽く小突いた。

「君だよ」
「私は別に……ヒソカさんを監視していたつもりはありませんが」

はヒソカの手を払い退けた。

「じゃぁ言葉を変えようか? ギタラクルに何か聞きたそうだった。これで良いかい?」
「……別に私は」

考えが読まれている事にの表情が引きつり、嘘を隠すように視線を外すと「嘘を付く時は堂々としてなくちゃ」と指摘されてため息を吐いた。
は「お見通しって訳ですね」とヒソカに返すと小さく笑った。

「ボクが知ってる事なら教えてあげるよ」
「いえ、本人に聞くので……大丈夫です」
「彼と接触するのを彼等が許してくれるかな?」

ヒソカの言う彼等が指すのは間違い無くキルア事達だと理解するとは「分かりました」と両手を挙げた。
は一呼吸おいてから真っ直ぐにヒソカを見上げた。
話すまで解放してくれなさそうな雰囲気には小さくため息を零した。

「で、何が気になるのかな?」
「ギタラクルさんは……本当にイルミさんの……その、お弟子さんなんですか?」
「ん?」
「変な事を言うかもしれませんが、ギタラクルさんの背格好とか、手とか……イルミさんに似てる気がするんです」

他にも初対面にも関わらず一次試験の時助けてくれた事や、寿司ではなくおにぎりを作った事などをヒソカに説明した。
自分の考えを言葉にすると自分の予想が少しずつ形になっていくのを感じ、話し終わった後には「本当はイルミさんですよね?」と自信を持ってヒソカに問いかけた。
口を挟まずに聞いていたヒソカが小さく笑うのを見ては”やっぱり”と確信したが、ヒソカの答えは期待を裏切るものだった。

「バレちゃったかぁ。でも、残念だけど、彼はイルミであってイルミではないよ」
「え? それは、えっと、どういう事ですか?」
「あれはイルミそっくりに作られたコピーだよ」
「は……?」

突拍子も無い事を言われ、の考える力がショートしそうだった。
全くもって意味の分からない話にの開いた口が塞がらず、それを見たヒソカは「ボクも一瞬イルミかなって思ったぐらいさ」とクスクス笑った。

「コ、コピーって……それは、人間ではない、ってことですか?」
「イルミから聞いてたけどボクも実物を見たのは初めてさ。彼は実家で使ってる戦闘訓練用のマシンドールみたいだよ」
「マシンドールってそれ、ロボットって事ですか? そ、そもそも訓練用って?」
「彼の家が暗殺一家なのは知ってるよね? 技術向上の為に兄弟達は対イルミを想定して訓練してるんだってさ。面白いよね」
「面白いって……って言うか、何でお弟子さんなんて嘘を……」
「んー? 汐那が気づくまでは黙ってて欲しいって言われちゃったから。それもあれじゃない? 試験とは別に彼らの家族から試されてたって事じゃない?」
「……でも、本当にそんな事あるんですか? 一体誰がそんな……」
「メカニックで人形収集が趣味の弟が居るそうじゃないか」

はハっと目を大きく見開かせた。
イルミの兄弟の中にITに強く、人形を集めている弟。
考えつくのはミルキしかいなかった。
キーボードの捌き方やプログラミングが出来る事を考えると、コピーを作るのは出来ない事ではないかもしれない。
ギタラクルが本当にコピーであるなばら腑に落ちない点があった。
が考えている横でヒソカは壁に寄りかかり、ズポンのポケットからトランプのカードを取り出すとシャッフルし始めた。

「で、でも! 体温とか、ちゃんと感じられましたよ!? それにお二人のやりとりだって、自然でしたし……」
「体温操作は弟君の念能力じゃないかな? ボクはただイルミっぽい動きをする彼に”合わせてた”だけさ」
「ならあの針は……」
「顔を変えるためだろうね。その弟君もイルミと同じ操作系みたいだし」

「でも、手は変え忘れたみたいだけど」と言うヒソカの言葉を聞きながらは口元に手を添えて再度考え込んだ。
ふとの中に浮かんできたのは自分の監視役の存在だった。
色々な事がありすぎて忘れかけていたが、この試験には自分を監視する監視役が参加している。
今、一番可能性があるとしたら間違い無くイルミを模倣して造られたギタラクルだ。

「もしかして……私の監視役って、ギタラクルさんですか?」
「ボクも後から知ったけど、そうみたいだね」

ヒソカはシャッフルする手を止め、一枚のカードを抜き取ったに見せた。
大きな鎌を構えたジョーカーが不気味に笑うそのカードには思わず身体を強張らせた。

「……な、何だか不吉なカードですね」
「この試験、気をつけた方が良いよ」
「え?」
「彼のターゲットはね」

ヒソカの唇の動きがスローモーションに見えた。
その告げられた言葉が耳に届くと同時には息が詰まる思いをした。

「君だから」

その言葉には絶句した。


2021.02.09 UP
2021.08.05 加筆修正