パラダイムシフト・ラブ2

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慣れたように森の中を進んで行くキルアの後を追いかけるのは簡単な事ではなかった。
枝に足を取られて転びそうになったり、独特な生態変化を遂げる虫に驚いたりサバイバルさながらの環境には息を切らしていた。
途中で小休憩を挟みながら目的地の見えぬ森を進んでいく途中、お互いのターゲットの番号の話になった。
は自分のターゲットである番号、118番をキルアに教えるとキルアは「ぜんっぜん分かんねーや」と頭を掻いた。
徐々に二人の耳に水の音が聞こえ初め、顔を見合わせた後その音を頼りに道ではない道を進んで行くと小さな川に出た。

「うわっ。誰も居ねぇよな?」
「人が居たような痕跡は無いと思うけど……どうかな? 隠れてるとか、無いかな?」
「隠れてたとしても気配で分かるっしょ。とりあえず、魚かなんか捕まえてメシ食おうぜ」
「う、うん。でもどうやって?」
「ま、なんとかなるんじゃん?」

回りに人の気配が無いことを確認するとキルアはすぐに靴と靴下を脱いで川に入っていく。
その姿をは何処か不安気な表情で見守る。
キルアは水面をじっと見つめていたかと思えばゆっくりと右を振り上げ、目にも留まらぬ速さで手を川の中へと入れ、水飛沫も立てずに引き抜かれた手には一匹の活きの良い魚が握られていた。

「す、凄いよキルア君!」
「こんなん誰だって出来るぜ? ま、には無理だろうけど、な!」

キルアは得意気な顔を見せながら暴れる魚をに向かって放り投げた。
ビチビチと暴れる魚に戸惑いながらも落下させては可哀想と思い、引け腰になりながらも魚を捕まえてキルアを見守るなか、ふと振り返った。
誰かに見られているような感覚には眉間に皺を寄せた。
しかしキルアは人の気配は無いと言っていた。
どことなく不安が押し寄せる。

「おーい! ! 投げるぜ!」
「あ、ご、ごめん! 良いよー!」

キルアが捕まえて、が受け止めるのを数回繰り返すとあっという間に数は四匹になった。
この魚をどうするべきか二人で話し合い、道具も無ければ調味料も無い環境で出来ることといえば一つしかない。
枝を探してくると言い、一人で行こうとするキルアには先ほど感じた視線の事を話したが「緊張しすぎだろ?」の一言で片付けられ、さっさと森へと入ってしまった。
気配を察知する経験や能力は自分よりも断然上のキルアがそう言うのだからきっと動物か何かと勘違いしのだろうと自分に言い聞かせ、はキルアが戻ってくる前に座れそうな石を探した。
程なくして帰ってきたキルアは枝や草木を抱えており、手際よくそれらを使って火を起こし、も言われるがまま魚と枝を見つめるが、串刺しにした経験が無いことからその行為に躊躇っていた。

「さっさと刺せよ」
「そ、そう言われてもね……」
「生きるためには食うしか無い。弱肉強食って言うだろ? ま、オレは数日食わなくたって生きていけるけどはそうじゃないだろ?」
「なんだか、可哀想って言うか……」
「……あぁもう! は優しすぎ!」

キルアはの手から枝を奪うと弱っている魚を握りしめて口の中にその枝を押し込んだ。

「うぅっ!」

は顔を背け、キルアの作業が終わるのをただじっと待っていた。

「終わったぜ」

四本の枝には一匹ずつ串刺しにされ、キルアは「一人じゃプレート奪われる前に餓死してたかもな」と笑いながら枝を石で固定して燃える草木に当たるようにした。
あまりにも手馴れている作業には膝を抱えながらその炎とキルアを見ていた。

「ごめんね。私、何にも出来なくて」
「出来なくて当然だろ? こういうのとは無縁の世界に居たんだし」
「……まぁ、そうなんだけど……本当に、信じてくれるの?」
「……半分かな」

素直なキルアの言葉には「そう、だよね」と肩を落とした。
パキパキと枝が燃える音を二人で聞きながらキルアはの向かいに腰を下ろすと、「だから、教えてよ」と切り出した。

「何を?」
が居た世界ってやつ? どんな所?」
「どんなって……そうだなぁ……皆が皆そうじゃないけど、私は、普通だったかな?」
「普通って?」
「目の前に引かれたレールに乗って生活するだけだよ。会社と家の往復で……それの繰り返しかな」
「会社って何? どんな仕事があんの?」

興味津々で聞いてくるキルアに日本の社会の事や職業を話すと「本当に殺しの仕事とかねーの?」と聞かれた。
本当は知らないだけで存在しているのかもしれないが、そういう行為は決して許される事では無い事を教えるとキルアの表情が少しだけ曇った。
は揺れる炎を見ながら「私も最初は暗殺って職業には驚いたよ」と小さく言った。

「そんな怖い事をする人って……絶対危ないって」

キルアは黙っての言葉を聞いていた。

「実際は違った、かな。イルミさんは、確かにちょっと不思議な部分はあるけど根は優しいし、仕事に対してプライド持ってる感じがしたよ」
「プライドなんかねーよ。兄貴は人を殺す事しか考えてねーもん」
「でも、日本では殺してないよ」

は小さく頷いてから魚の口から泡が出るのを見て腰をゆっくり上げた。
火の当たっていた部分の反対側を火に当てながら「昼間はバーでバイトしてたみたいだし」と小さく笑うとキルアは勢い良く立ち上がった。

「あの兄貴が!? 鬼畜の塊で一般人でもホイホイ殺す頭ヤベー奴が暗殺以外に出来ることなんてねーよ!」
「鬼畜の塊って……でも実際は結構似合ってて格好良かったから女性のお客さんに人気みたいだったよ……?」
の世界の女って見る目無さすぎじゃね!?」

キルアは頭を抱えながら「あんなグリグリした目の長髪男の何処が良いんだよ!」と嘆くキルアが面白くてつい笑ってしまった。
それを見てキルアは「笑い事じゃねーからな!?」と指摘する。

「っつーかこっちの世界なんか来て良かったのかよ?」
「ん? うん。もちろん」
「はぁ? ぜってー元の世界の方がにとって良いだろ!」
「でもこっちに来なかったらキルア君や、ゾルディック家の人達やゴン君達とは絶対出会えなかった。私は向こうの世界を捨ててこっちに来た事に後悔なんか一度だってしてないよ」

はっきりと告げるの言葉にキルアは一瞬黙ったが、「ぜってー後悔するからな!」と顔を背けて座った。
焦げ目が少しついた魚を見ながらは「自分で決めた事だから後悔なんてしないよ」と答えて枝を石の間から引き抜いた。

*****

食べ終わった魚達の残骸を森に投げると一発の銃声が聞こえ、は体を震わせた。
呑気に魚を食べていたが、実際には既に試験は始まっている。
参加者同士でのプレートの奪い合いが行なわれている現実には顔を青くさせるとキルアがの手を取った。

「大丈夫。オレが居るから」
「この試験って……本当に、奪い合い、なんだね」
「次で最終試験だしな。此処も危ねぇかも」
「ど、どうするの……?」

銃声が聞こえるという事はやりあっている参加者同士とそんなに距離は離れていないことになる。
まずは姿を見られずにその場から立ち去るのが得策と考えたキルアは「逃げる!」と宣言し、銃声が聞こえた方向とは逆の方向に走り出した。

「うわぁっ!」
「良いから今は何も考えずに走れ!」
「で、でも他の人も! 何処かに! 隠れているかもっ!」
「そんときゃそんときだろ!」

燻ぶる火が二人の背中を見つめる。
二人の草木を踏みつけて走る音は徐々に遠くなり、また静かな川のせせらぎだけがあたりに広がり始める。


2021.02.16 UP
2021.08.05 加筆修正