パラダイムシフト・ラブ2

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第四次試験二日目を迎えたゼビル島。
他の参加者達が見えないところで奮闘する中、イルミは三枚のプレートを手の中で遊びながらある場所へと向かっていた。
自分のプレートが3点で、ターゲット以外のプレートである三枚は各自1点しかならないがこれで合計6点となり、四次試験突破の鍵を掴んでいた。
しかし、イルミのとってその三枚はどうでもいいプレートであり処分に困っていた。
開けた場所に出るとヒソカが一人、丸太に腰掛けて居た。
血に吸い寄せられて飛ぶ蝶と戯れているその背中に「ヒソカ」と声をかけると、ヒソカはゆっくりと振り返って笑った。

「やぁ、イルミ」
「プレートは取ったかい?」
「いいや。まだだよ。君は?」
「オレ? 3枚」
「随分早いね」
「まぁね」

イルミは三枚のプレートをヒソカに向かって投げた。
難なく指先で捉えたヒソカはその番号を見て首を傾げる。
どうやらイルミが投げて渡した番号をヒソカのターゲットではなかったらしい。

「これ、誰の?」
「一つはオレを銃で狙ってた奴のプレート。こいつ、キル達追うのに邪魔してきたから殺しちゃった。で、その2枚は此処まで来る間に遭遇した奴と、そいつが持ってたプレート」
「死体を漁るなんて、悪い趣味だね」
「でもこれでヒソカは6点なんだから無いよりましだろ?」

無表情でそう言うイルミにヒソカは小さく「そうだね」と答えた。
そこでヒソカが気になったのはなぜ3点分のプレートを自分にくれたのかだった。

「君はいらないの?」
「いらないよ」
「どうして?」
「オレはのプレートしか興味がないから」
「……とんだハンターさんだ」

ヒソカはイルミの言葉を聞いてプレートをズボンのポケットにしまった。
それを見ながらイルミは「後さ」と珍しく言葉を付け足した。

のターゲットって118番だから」
「それ、何処で仕入れた情報?」
がキルにそう言ってるのを追いかけてるときに聞いたんだよね。だからさ」

ヒソカに向けられるイルミの目は真っ直ぐだった。

「118番と遭遇したらプレート奪って殺しておいてよ」
「……どうして?」
「キルに見つかったら厄介だから」
「この3点は依頼料ってことかな?」
「うん」

ヒソカはイルミを見上げながら「分かったよ」と笑う。

「で、これから君はどうするんだい? 君はまだ3点だろ?」
「これからを捕まえに行くに決まってるじゃん」
「なるほど、ね」

間髪入れずに答えるイルミにヒソカは小さく笑う。

「楽しんでね」
「キルが厄介だけどね。まぁ、なんとかなるよ。じゃ」
「はいはい。いってらっしゃい」

別れを告げるとイルミは森へと向かった。
その後姿を見送りながら一人ヒソカは「でも118番って誰?」と零した。

*****

初日の疲れを引きずるは「わぁっ!」と地面から飛び出る木の大きな根に足を取られて盛大に転んだ。
キルアが慌てて駆け寄り、その腕を取る。
笑ってみせるだったがその表情は何処か疲れ切っているようにキルアはその根に腰掛けた。

「っつーか休憩出来るような場所、何処にもねーのな。さっきの場所は湧き水があったから良かったけど……背中はどう? 痛くねぇ?」
「うん。今はもう痛くないよ。それよりも、皆……どうやって休憩取ってるんだろうね」
「さぁーな」

根の上に横になりながら天を仰ぐキルアを見ながらは唇を噛み締めた。
隠していることを伝えるなら今しかない。
しかし、それよりも聞きたい事がにはあった。

「あ、あのさ! キルア君……」
「ん?」
「キルア君はどうやってその……そんなに強くなったの?」
「はぁ? 何だよいきなり……」
「何かその……特訓とか、してたり、したのかなって」

ヒソカから聞いたギタラクルはイルミのコピー説が気になっていた。
もしそれが本当だとすればキルアも絶対に存在を知っているはずなのだから。

「特訓……まぁ対戦闘訓練はしてたけど」

その言葉を聞いては食いついた。

「ど、どんなこと!?」

の異様な興味の示し方にキルアは驚いたが、自分の事を聞いてくれる事が嬉しくてゆっくりと起き上がって頭を掻いた。

「何だよさっきりから……えっと、屋敷に訓練部屋があるからそこで兄貴やじぃちゃんとと組み手やったり、ブタ君のプログラムで動く変なクソみたいな人形で模擬試合やったり?」
「や、やっぱりミルキさんはそういうのが出来るんですね!?」
「つっても見た目人形だし全然やる気出ねぇけど。けど試合中にプラグラム修正っつーの? そういうのやって弱点突いてくるからうっぜーんだよなあれ」
「イルミさんのコピーは?!」
「は? 兄貴?」

ガサリと音がした。
二人して音がした方向に顔を向けると木々の間から顔を覗かせるイルミ扮するギタラクルの姿があった。
まるで名前を呼ばれたから出てきたみたいなタイミングにの心臓は止まりそうだった。
それでもすぐに動いたのはキルアの方での前に出ると「、逃げろ」と小さく囁く。
しかし、逃げるわけにはいかない。
相手の狙いは自分なのだから此処で逃げたらキルアに迷惑がかかる。
はキルアの服を引っ張るが、キルアは一ミリも動こうとしなかった。
カタカタと揺れながら草木を避けて近づいてくるギタラクルの姿にキルアの喉が鳴り、冷や汗が頬を伝うのを見てはゆっくりと立ち上がった。

「下がれ」
「でもギタラクルさんは……」
「あいつからは血の匂いがする。……多分オレ達の前に2人ぐらい殺ってる匂いだぜ」

が一歩下がれば、キルアも一歩下がる。
そしてその距離を詰めるようにギタラクルもまた一歩近づく。
見つけた獲物を見逃してくれるような相手ではないことは二人は分かっていた。

「オレが仕掛けに行く。だからはその隙に逃げろ」
「私だけなんて……キルア君を置いて逃げるなんて無理だよ!」
「じゃなきゃオレもお前もやられるっつーの!」

腰を低くしたキルアは手の指先を変形させてギタラクルに向かって走った。
の叫び声はキルアには届かず、そのまま腕を振りかざすがギタラクルは振り下ろされる手を容易く掴み、そのまま腕を掴まれたまま宙吊りにされるとキルアは片足でギタラクルの胸元を蹴って距離を取るが、体制を立て直す前にギタラクルがキルアに近づいて腹を蹴った。
目の前で小さな身体は簡単に吹っ飛び、木の幹に当たると木の上で休んでいたと思われる鳥達が驚いて羽ばたいて行った。
驚きのあまりは目を見開きながら口元を手で抑え、その場に座り込むと小さな声でキルアの名前を呼んだ。
あんなのを常人が受ければ一溜まりもない。
生きてて欲しい気持ちが溢れ、何度もキルアの名前を呼ぶとキルアはケロっとした表情で「あー、クソ。いってー!」と何事も無かったかのような顔をしながら立ち上がった。

「キルア君もギタラクルさんも、もう止めて! 止めてください! お願いです! 待ってください!」

は力の限り叫んだ。
身体から力が抜けてフラフラだったがそれでもは立ち上がり、二人の元まで歩きキルアを背にしてギタラクルの前で両手を広げた。

「キルア君は……関係ないはずです!」
「おい! オレなら平気だって! 全然痛くもねーし」
「良いから! わ、私だって! キルア君を守れるもん!」
「……守れるってお前……」
「それに、あなたのターゲットは……私のはずです! キルア君じゃないはずです!」

の言葉にキルアは「は!?」と声を上げた。
「隠し事は、もうないよ」というの目は真っ直ぐにギタラクルを見つめていた。
ギタラクルはカタカタ震えながらゆっくりと頷くと右手を差し出した。
それが意味しているのはおそらくプレートを寄越せということであると理解したは無言でリュックのチャックを開くとプレートを取り出した。

「バカ! 何してんだよ! 止めろって!」
「これで、見逃してください!」

キルアの静止を聞かずには自分のプレートをギタラクルに向かって力強く投げた。
勢いよく飛ぶプレートをギタラクルが人差し指と中指で捕まえると、そのプレートに書かれている番号を確認して頷いていた。
ギタラクルが胸にのプレートである406番を付けているのをは息を殺しながら見ていた。
これで見逃してくれるはず。
そう思っていたが、ギタラクルはプレートだけでは満足していなかった。
その場から離れず、ただじっとを見つめてくるギタラクルを見ていると不思議な感覚を思い出した。
雨の中、得体のしれない人と遭遇した時によく似ていた。

「イ、ルミ……さん?」

小さく呟いた声はの耳だけに聞こえた。
ふいに伸ばされた腕はの腕を掴み、あっという間に肩にを担ぐとギタラクルはキルアと距離を取るように下がった。

「テ、テメェ! を離せっ!」

キルアが追いかけるように後を追うが、ギタラクルは強く根を蹴り上げて背の高い木の枝に飛び乗った。

「キルア君! 私は、大丈夫! 最終試験、絶対に会場で会おうね!」
「無茶言うなよ! ぜってー無理だろ!」
「私は、なんとかするから! キルア君も、諦めないで!」
「うるせぇ! 良いから降りて来いよこのクソパンク野郎! を返せ!!」

キルアが騒いでるのを見てギタラクルは小さなため息を吐くと、一本の針を取り出してキルアに向かって投げた。
投げられた針はキルアの足元に刺さり、視線がそっちに向いたところでギタラクルは枝を強く蹴って別の枝へと移った。
足元に刺さった針に気を取られてしまったキルアが視線を戻した頃にはもう二人の姿は無かった。

「クソッ!!!」

苛立ちのあまりその針を蹴るが、ビクともしない。
不審に思ったキルアはその針をまじまじと見ながら手を伸ばした。
手に取った針はよく見たことのある形状をしており、無意識に口から「イル兄の針?」と漏れていた。


2021.02.17 UP
2021.08.05 加筆修正