パラダイムシフト・ラブ2

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ギタラクルに担がれたままのが開放された場所は初日のような小さな川が流れている場所だった。
は肩から降ろされるとすぐに距離を取って身構えた。
何故自分はキルアと離されたのか。
何故関係のないキルアに攻撃したのか。
理由を知れるまでは油断出来ないと感じたは「目的は、何ですか」とカタカタ揺れているギタラクルを睨む。

「ヒ、ヒソカさんから話は聞いています。私の、監視役なんですよね……しかも、イ、イルミさんの、その……」

には”コピー”という言葉を使うのに抵抗があった。
警戒するに対しギタラクルは暢気に手を叩くとおもむろに自分の顔に刺さっている針に手を伸ばした。
ゆっくりと眼の前で引き抜かれるそれをは小さな悲鳴を上げながら見ていると、ギタラクルは最後に後頭部に手をやり、最後の一本を引き抜くと顔の骨格が徐々に変化し始めた。
音を立てて骨が変わる様は過去に一度だけ見たことがあり、の鼓動が早くなる。
徐々に顎のラインが代わり、髪の毛は黒へと変色し伸び、細長だった目は急に丸くなったかと思えば、糸のように細くなる。
痛々しい音には耳を塞ぎ、目を瞑ってしゃがみこんだ。
程なくしてその音は鳴り止み、はゆっくりと目を開くて目の前に影が差していた。
ゆっくりと顔を上げると大きなぐりぐりとした黒い目をしたショートカットの青年が立っていた。

「……えぇ? イルミ、さん、ですか?」
「や」

片手を上げて応えるイルミそっくりのギタラクルには悲鳴を上げながら後ずさりした。

「な、な、なんか! 若く見えます! え? 本当に? 本当にイルミさんなんですか?」
「コピーだけどね」
「声も同じです!!!」
「コピーだからね」
「で、でででも! でもでも! でもなんか、なんかその! 若い気がします!」
「若い頃がモデルだからね」
「若い頃はそんな感じだったんですか!? ちょ、こ、来ないで下さい!」
「どうして?」
「ど、どうしてって!? そのすぐ疑問に持つところ! イルミさんそっくりです!」
「コピーなんだから仕方ないだろ?」

ギタラクルは腰が引けて立てなくなっているの前にしゃがむとの前髪に手を伸ばした。
ゆっくりと前髪を持ち上げ、額をじっと見たあと、「消えてる」と小さく零して手を離した。

「な、何がですか?」
「何でも無い」
「え、えぇ……」
「ねぇ。何で目見ないの?」

痛いところを付かれての肩が一瞬跳ねる。
目を必死に泳がせながらもチラっと目を見ては逸らすのを繰り返してると「ほら、また逸した」と指摘された。
顔を捕まれ、固定されるとギタラクルから目が逸らせなくなりは「離して下さい!」と暴れる。

「あ、分かった。こっちじゃないと駄目ってことか」
「はぃ?」

ギタラクルはもう一度後頭部に手を伸ばした。
顔の変化は無いものの、髪の毛がどんどん伸び、見慣れていた揺れる美しい黒髪がゆっくりと舞う様にの目がわずかに潤む。
頭をゆっくり振ると、その揺れに合わせて髪の毛も揺れた。
キラキラしていた、サラサラしているそれは間違いなくイルミそのものの髪の毛で、会いたかった人の顔が目の前に現れるとの目から一粒の雫がこぼれ落ちた。
会えない間は周りに負けず、認めてもらうためだけに頑張ってきた。
次会う時は胸を張って隣に居ても恥ずかしくない人間になっていたかった。
試験中にイルミの顔を見れると思えず、は「うぅう……」と漏らしながら唇を噛み締めた。

「あれ? これじゃない?」
「そ、それは……反則ですっ……!」
「じゃサービスってことで」
「何のサービスですかっ、それ……!」

可笑しくて笑うと涙が溢れた。
その雫を白くて長い指先が掬う。

「変な顔」
「見ないで下さい」

見た目も仕草もイルミそっくりでの中で変な錯覚が起こる。
コピーだと分かってはいてもつい甘えたくなる。

「おいで、。よく頑張ってるじゃん」

心地良い声の響きがやけに甘く聞こえた。
の身体は引き寄せられるようにギタラクルの胸に飛び込んで、固く目を瞑った。
死者も出るという言われている試験に単独で参加するのは正直に言うと心細かった。
本当はもうイルミとも会えないと思っていた。
コピーであっても同じ顔に出会えたことで今まで張っていた緊張の糸が切れ、は声を殺して泣いた。

*****

「ねぇ、何で離れてるの?」
「……な、何となくです」
「食べないの?」
「た、食べます」

一頻り泣いた後、自分の行動が恥ずかしくなったはギタラクルとは距離を取って石の上に腰掛けていた。
良い年下大人が肩を震わせて泣くという好意が恥ずかしくなり、まともに顔を見ることが出来なくなっていた。
ギタラクルが何処からか取ってきたらしい果物を見つめながらは一瞬だけギタラクルを見る。
正直なところ胸の中で泣いた時、人間らしい体格を感じては今更ながら困惑していた。

「……ギタラクルさんは、食べないんですか?」
「食べないよ」
「ど、どうしてですか?」
「人形だから?」
「……そう、ですか」

人形なら食事はいらない。
は”確かに”と納得しながら、果実に歯を立てた。
口の中に広がる甘い味に驚き、食が進んだ。

「美味しい?」
「は、はい。今まで食べたこと無いような甘さで美味しいです」
「ふーん。でもそれ毒あるから注意してね」
「えっ!?」

は思わず飲み込もうとしたのを躊躇った。
ギタラクルは真面目な顔をしながら「冗談だよ」と笑えない冗談を言う。
ごくんと飲みんだ後、は「や、止めて下さいそういうの! 心臓に悪いです!」と抗議の声を上げた。

が美味しそうに食べてるからつい」
「つい、じゃないです! ほんっとにイルミさんそっくりなんですね!」
「うん。<コピーだから当然よね」
「……そ、それと! いい加減その、ショートヘアーに戻って下さい!」
「短い方が好きなの?」

まるで本人に聞かれているようでは言葉に詰まった。
ロングヘアーのままだと本気で本人と勘違いしてしまいそうな自分が嫌なだけだった。

「そ、そういう訳じゃないですけど……本人にそっくりすぎてその、甘えてしまいそうで……嫌なんです」
「オレは良いけど?」
「そ、それだと試験の意味が無いんです!」
「分かった分かった」

の剣幕に負けたギタラクルは後頭部に手を伸ばすとあっという間に髪の毛が短くなった。
髪型一つでこうも雰囲気が変わるのかと思い、まじまじと見ていると「恥ずかしいんだけど」とギタラクルは顔を背けた。
イルミでは見せないような反応には少しだけ笑いながら「恥ずかしいって感情もあるんですね」と言うと小さく「そりゃあるよ」と返ってきた。

「でも不思議です。本当にイルミさんと一緒に居るみたいです」
「……コピーだからね」
「凄い技術ですね」
「うん」
「でも私、諦めてませんから」
「何を?」

はゆっくりとギタラクルの胸についている自分のプレートを指差した。

「そのプレートは、私のです」
「今はオレのだよ」
「取り返します。それか、6点を稼ぎます」
「無理だね。オレが見張ってる限りは取り返せないし、稼げない。次の試験には進ませないよ」
「……そう簡単には諦められません」

二人の間に静かな風が吹く。

にライセンスは必要無い」
「必要なくても、私は欲しいんです」
「どうして? 何に使うの? アイツらに何か吹き込まれたの?」

ギタラクルの声がワントーン下がる。
それでもには引き下がれない理由があった。

「ゾルディック家に相応しい人間になるための第一歩ですから」

の言葉はハッキリとしいた。
意志の強い言葉に対してギタラクルは小さく「ふーん」とだけ答えた。


2021.02.17 UP
2021.08.05 加筆修正