パラダイムシフト・ラブ2

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ギタラクルが若かりし頃のイルミの姿で居るのはなんとも落ち着かないものだった。
見た目、雰囲気、性格、声も本人そのものだが、これが念と弟のミルキの技術の結晶かと思うと複雑な気持ちになってきた。
自分の監視役として抜擢されたギタラクルの胸には自分の番号のプレートが付けられている。
これをどうにかして取り返すか、ターゲットのプレートと残り3点分をなんとかしないとは最終試験に進めない。
ほぼ運で進んできたが、此処までくれば自分の力で最終試験に進みたい。

このまま川辺でじっとしていても何も始まらない。
はゆっくりと立ち上がるとギタラクルも同じように立ち上がる。
あくまでも監視役に徹するその動きにはギタラクルを見つめていると「何処行くの?」と聞かれた。

「とりあえず今日の寝床を探しに行きます」
「分かった」

ギタラクルは頷き、の後を無言でついてくる。
地図が無いのでこの森がどんな形をしているのか分からないが、まずは行動しながらギタラクルの行動の意味を考えることにした。
生い茂る草木を避けながら後ろをついて歩くギタラクルに振り返ると平然とした顔と視線がぶつかる。

「何?」

何処からどう見てもイルミにしか見えないギタラクルにの眉間の皺が濃くなる。
はすぐに「何でも無いです」と返して前を向いて歩く。
もし本当にミルキのプログラミングを元にギタラクルが動いているのだとしたら、試験中の映像を家族のもとに送れる機能もあるかもしれないと考えた。
生き写しのようなコピーを作れるし、監視役なのだから当然そのような機能が搭載されていても可笑しくないと思った。
これまでのの見せ場と言えば第二次試験のみで、この試験をゾルディック家の人達がギタラクルの目を通して見ていて”家族”として認められないと判断すれば、間違いなく次の試験への切符を阻止するだろう。
ならば何故第一次試験では助けるような事をしてくれたのだろうか。
考えても答えが見つからず、付かず離れずの距離を保つギタラクルにもう一度振り返ると「前見ないと転ぶよ」と言われ、は「大丈夫です」と答えたが案の定不規則に生えていた根に足を取られて前に倒れた。
泥だらけになった服に溜息が漏れる。
「だから言ったじゃん」と後ろから聞こえ、振り返ると目の前に手が差し出された。
その手に自分の手を乗せて立ち上がるとは俯いた。
先程から何をするでもなくただひたすらにの後ろをついてくるだけのギタラクルには「ギタラクルさんは、本当に監視役なんですか?」と問いかけた。

「そうだよ」
「……キルア君と離した理由はなんですか?」
「キルと一緒だとプレートが集まる可能性があるから」
「……ってことは私の失格狙いですね。 どうしてあの時……キルア君を蹴ったんですか?」
と距離が近いから」
「え、きょ、距離? でも、キルア君あんなに吹っ飛んで……」
「キルなら戦闘訓練受けてるから平気。あんなのは蹴られた内にも入らない」
「ギタラクルさんは……本当に戦闘訓練用のその、人形なんですか? 普通、キルア君なら気が付きますよね?」

は顔を上げてギタラクルを見上げた。
嘘なのか真実なのか読めない表情にの眉が寄る。

「オレ、親父専用だから」
「……え?」
「キルは別の人形と訓練してる。オレは親父との訓練用に使われてるからキルが知らないのは当然でしょ」

どちらも視線を外さない時間が続く。
はこの際だからと気になっていたことを聞くことにした。

「も、もしかしてギタラクルさんの見えてる物って……ご家族にも見えていたりするんですか?」
「見えてないよ」
「え!? そうなんですか!? ほ、本当、ですか?」
「うん」

その言葉を聞いては胸を撫で下ろした。
自分の不甲斐ない実力のせいで失格に追い込まれているわけではないことには安堵のため息を漏らした。
しかしこれで予想の一つは消えた。

「それを聞いて安心しました」
「どうして?」
「ライセンスは必要無いなんて言うから……私、試験中これと言って何も出来てないのでご家族から次の試験に進むのを反対されたのかと思いました」

となると残る疑問は何故自分は失格に追い込まれているのかだった。
一人でなんとかしなくてはいけない状況に何か理由があるとすれば、これは一種の試練なのかもしれないとふと感じた。
しかしこの試練にどんな意味があるのかまでは考えがまとまらなかった。

「で、今日は此処で寝るの?」
「あ、えっと……もう少し平らな場所を探します」

当初の目的を忘れかけていたはギタラクルの言葉によって思い出した。
二人はまた歩き始めるが、徐々に陽も沈み始め辺りが暗くなり始める。
結局ボコボコと根が地面からむき出しになる場所で寝ることを決めたは大きな木の前にリュックを下ろして「今日は此処で寝ます」とギタラクルに振り返った。

「分かった」

ギタラクルはリュックの隣に腰を下ろし、膝を立てて座った。
はリュックの中からTシャツとハーフパンツを取り出しながらギタラクルに荷物を見ていてもらうように言うとギタラクルから「何で?」と聞かれた。
泥だらけになったシャツを指差しながら木の裏で着替えてくる事を伝えるととんでもない言葉が返ってきた。

「此処で着替えれば良いじゃん」
「は!? な、何言ってるんですか! 無理ですよ!」
「何で? オレしか見てないし良いじゃん」
「全然良くないです! と、とにかく! すぐ着替えてくるんで荷物見てて下さい!」
「あ、もしかしてオレのこと意識してる?」
「な、な、何言い出すんですか! そ、そんな事あるわけないじゃないですか! まったくもう! はい、これ! ちゃんと見てて下さいね! 覗くのも無しですからね!」

はリュックをギタラクルに押し付けさっさと木の後ろに身を隠した。
見た目も、声も、性格もイルミと瓜二つなギタラクルを意識しないわけがない。
頭では別人だと思っても視覚がそれを邪魔する。
は赤くなる頬に触れながら自分の心を鎮めるために大きく深呼吸を繰り返した。


2021.02.22 UP
2021.08.05 加筆修正