パラダイムシフト・ラブ2

87

持ってきていた洋服に着替え終えたは溜息をついた。
監視の目がありながらプレートを獲得するのは至難の業だ。
運良くターゲットのプレートを奪えたとしても3点になるだけで次の試験を受ける合格ラインの6点まで足りない。
こうなればなんとかしてでも自分のプレートを奪い返すしかない。

「着替えました」
「うん。とりあえず座れば?」
「……そうします」

はギタラクルの隣に腰を下ろしてリュックを強く抱きしめた。
今横に自分のプレートがある。
ダメ元でも手を伸ばしてみる価値はあると感じたは右手を少し動かすが、正面を向いていた目が急にの方を向いたため動きを止めた。

「な、なん……ですか?」
「何処か痛いの?」

驚きのあまり一瞬息を飲んだだったが、プレートを奪おうとした事に気が付かれたわけではないことに安堵した。
背中の痛みを抑える薬がまだ効いているため今は何処も痛くない。
は何故か心配かけたくないと思い、咄嗟に嘘をついた。

「何処も痛くないですよ? 痛いというよりは、疲れましたね」
「つまんない嘘つかなくて良いから」
「う、嘘って……本当ですよ」
「歩いてる時背中を庇うような動きしてたよ」

知らずのうちに背中を庇って歩いていたらしい。
よくそんなことに気がつくなと思ったが、ふと疑問に思うことがあった。

「……え? ギタラクルさんには身体をスキャン出来るような機能が搭載されているんですか?」

ドキドキしながら返答を待っていると、少し間があってから「うん」と返ってきた。
その不自然な間が気になったがは観念したように「三次試験のときに背中をちょっと痛めただけですよ」と話した。

「三次試験ってあのタワー?」
「そうです。私の相手は強盗殺人犯だったんですけど」
「ちょっと待って。が戦ったの? キルはそれを許したの? 他の奴らは何してたの? それで負傷したってこと? そいつにやられたってこと? 勿論そいつは殺したよね?」

突然の質問攻めには瞬きを繰り返した。

「ねぇ、どういうこと? が出たところで勝ち目のない勝負だろ? 何でそんな無謀なことするわけ?」
「ちょ、ちょっとギタラクルさん落ち着いて下さい! 急に質問が多すぎます!」
が戦うことになった理由は何?」

ジリジリと詰め寄ってくるギタラクルには苦笑いを浮かべながら後ずさる。
大きな目に薄っすらと怒りが宿っているように見えたは「わ、私が、立候補しました」と声を震わせながら小さな声で素直に答えた。

「は? 自分から死にに行ったの?」
「別にそういう意味では……負けを宣言すれば試合は終了ってルールでしたし、それなら私でも何かしら貢献出来るかなって」

”死にに行く”という意識はその時のには無かった。
ただ、キルア達にとって少しでも有益な情報に繋がればと思っての行動だった。

「でも結局私は何も出来ず……ただ逃げるだけしか出来なかったんですけど」
「相手が馬鹿で良かったね」
「え?」

瞬きをした瞬間、の首元にひやりとするものが触れた。

「オレならまず喉を潰すよ」
「ギ、ギタラクルさん……何を……?」
「この喉を潰せばは降参出来なくなるでしょ? 相手の逃げ道を塞ぐのは戦う上で常識だから」

次第に締まる喉に身体が震えた。
徐々に息が吸えなくなり、言葉も出せなくなった。
飲み込むことも吐き出すことも出来ず、押し寄せる恐怖には目を見開きながら喉に触れている手首を掴んだ。
一切力が緩まない手に焦りと恐怖が入り交じる。

「そもそも戦いにルールなんて無い。殺すか殺されるかだよ」

喉を締め付ける腕を叩くと余計に締められた。

「分かる? は今そういう世界に足を踏み入れようとしてるんだよ」

視界が涙で揺れ始める。
苦しくなり口を大きく開けると小さく鼻で笑われた。

「もし最終試験が個人戦の戦いだったらどうする? オレに勝てると思う? 勝てないだろ」

まるでその言葉は”今度こそ本当に死ぬよ?”と言っているように聞こえた。
パっと開放された喉に酸素が流れ込み、は身体を丸くせながら噎せた。
開放された喉を確かめるように自分の手で何度も撫でながら肩で息をしていると、頭上から「だから諦めて帰りな」と降ってきた。
喉を締められたことにより”死”という淵に立ったような気がしたはゆっくりと顔を上げる。
確かに怖かったが、目に映るイルミそのものの顔を見ると内側からこみ上げてくるものがあった。
もしかしたら帰る選択が正しいのかもしれないが、自分の奥底にある気持ちに嘘をつくことは出来なかった。
は唇を噛み締めながらゆっくりと、静かに頭を横に振った。

「……イヤ、です」
「死ぬかもしれないよ?」
「それでも……諦めるわけには、いかないんです」
「何で? 何かしたいことでもあるの?」
「それは……」
「やりたいことがあるなら言ってごらんよ」

まるで本人に責められているような気がしたは俯いた。

「すぐに言えないってことはその程度って事でしょ」
「ち、ちがっ、違います!」
「じゃあ何? 本当の事を言ってくれるなら考える。の目的は何?」

は顔を上げ、はっきりとした口調で本音をぶつけた。

「イ、イルミさんと、一緒に居るためです! そのためには、ライセンスが必要なんです!」

しかし、返ってきた反応は予想していたものとは違った。

「ごめん、聞こえなかったからもう一回言って」

絶対に聞こえているはずなのにアンコールを求められてしまった。

「え? だ、だから! 一緒に居るため、です!」
「誰と?」
「……イ、イルミさんと、です」
「うん。それもう一回言って」
「う、ん? えっと……イルミさんと一緒に居るため、です」
「良いね。もう一回」
「はい?」
「もう一回」

何度も言わされることで徐々に恥ずかしくなってきたの声がどんどんと小さくなる。
何故こんなにも繰り返し言わされるのか疑問だったが、それよりも目の前の冷たかった目がどこか笑っているように見えた。

「あ、あの……」
「認めてもらいたいって言ってたのは? 一緒に居たいのと認めてもらうの、どっちがの本音なの?」

本音なんてものは最初から揺るがない。全てはイルミの役に立ちたい、側に居たいという想いが根本になっている。

「そんなの……全てはイルミさんと一緒に居るため、ですよ。認めてもらいたいのも……結局は一緒に居たいから、です」
「へぇ。そうなんだ。ふーん」
「もう! 何なんですかさっきから!」

流石に我慢の限界だったがそういうとギタラクルはサラサラのショートヘアーを揺らして首を傾げた。
「別に」と言った後、感情を表情に乗せないギタラクルの唇が少しだけ曲線を描いた。


2021.03.16 UP
2021.08.05 加筆修正