パラダイムシフト・ラブ2

88

は大きな木の幹に身体を預けながら目を瞑っていた。
首を締められた時は怖かったが、その恐怖は今まで感じた恐怖とは別のもののように感じた。
タワーの時に感じた恐怖は”人に殺される恐怖”で、ギタラクルに首を締められた時は”死に対する恐怖”だった。
の中でこの違いを明確に説明することは出来なかったが、何となくではあるが人から放たれる”殺気”が関係しているのではないかとは考えた。

「早く寝なよ」

その声に反発するようにはゆっくりと目を開けた。
街頭が無い森の中は真っ暗だが、隣からしっかりと伝わる気配には少しだけ頭を動かし、眠れないついでに気になる事を聞いてみる事にした。

「……どうしてギタラクルさんは私を失格にしたいんですか?」
「技術不足だから」

技術不足なのは自身が一番良く分かっていた。
ゴトーの特訓のおかげで殺気が分かるようにはなったが、それではまだまだだという事は試験を通して痛感していた。
今残っている参加者達は何かしらの道を極めたエキスパート揃いで、力や技術の差はハッキリしている。

「そりゃ、私はポンコツですけど……でもそれがないと」
「別にライセンスなんか無くても一緒に居れるでしょ。は他に行く場所なんて無いんだし」
「……いえ、それが……私の想いとは別に今後のポジション獲得のためには必要でして」
「なにそれ?」

は一呼吸置いてからそもそも試験に参加することになった経緯を話した。
機械であるギタラクルにこんな話しをするのもどうかと思ったが、本人ではない事を思うと気持ちがスラスラと口から溢れた。
実際の所イルミが言っていた通り、自分の存在を快く思わない執事は少なからず居る。
皆から歓迎されて、認めてもらうにはライセンスを取ってしっかりと有益な人間であることをアピールしないといけない。
隣に並んで恥ずかしくない人間であることを証明するにはライセンスはにとって必要不可欠で、絶対に合格しないといけないプレッシャーもある事を話すと「馬鹿なの?」と言われてしまった。

「イルミさんならそう言います」
「うん。くだらないと思う」
「く、くだらない……」

ストレートに言われてしまい流石のもショックを受けた。

「だってそうだろ? オレはを恥ずかしいとか、そんなの思ったこと無いよ」
「……え? オレ?」

小さな疑問がの中に生まれる、燻る。

「どうせ家にはもう馴染んでるんだろ? 親父達が了承しててもし執事の中にまだを認めない奴が居るなら殺せば良いだけの話しだし」
「あ、あの……」

その疑問を確認したくて口を挟もうとするが隙がない。

はオレと並びたいって言うけど、そもそもオレは暗殺業を手伝わせる気はないよ。でも興味があるって言うなら叩き込むけど」
「ちょ、ちょっと待って下さい」

これではまるで。

「それにオレは言ったはずだよ。”オレが帰るまで死なないでね”って。もしかして忘れたの? 今のままじゃ次の試験に進んでも死ぬでしょ」
「……な、何でそこまで知ってるんですか」

イルミ本人の言葉のように聞こえ、徐々にの鼓動が早くなる。
徐々に慣れてきた暗闇の視界の中でシルエットが少し動いたような気がした。

「え? 待って下さい……ギタラクルさんは、戦闘訓練用の人形って……な、何でその事を知ってるんですか?」
「その事って?」
「……約束です」

早鐘を打つ心臓が痛くなってきた。
ヒソカから聞いた話ではギタラクルはイルミをモデルにして作られた戦闘訓練用の人形のはず。
いくらコピーだったとしても知っている情報には限りがあるはず。
そこまでシンクロさせることが出来るものなのかには疑問だった。

「え? シンクロ機能? いや、う、嘘ですよね? だ、だってヒソカさんが……ギタラクルさんは人形って……そ、それに! ギタラクルさんも人形って……」

頭の中が色んな情報が交差し、訳が分からなくなってきた。
ギタラクルも最初は人形でコピーだと言っていたが、その口ぶりは本人以外に口に出来るようなものではない。
の中で崩れたはずの予想が再構築され始める。

「まだ分からないの?」

嫌な汗が背中を伝うのを感じ、はリュックを抱きしめながら「嘘、ですよね?」と問う。
その問には答えは返って来ない代わりに「誰だと思う?」と少し楽しそうな声で質問を質問で返された。

「え? やっぱり……そうなんですか?」
「何が?」
「いや、だって……え? 待って……そんな、キルア君だって気がついてませんでしたよ?」
「兄ちゃんとしては”クソパンク野郎”って呼ばれたのには少しだけショックだったかなぁ」

頭から血の気が引いていく感じと身体の内側が熱くなる感覚にめまいがした。
咄嗟に口を手で覆うが「は? え?」と漏れる。
片腕でリュックを抱きしめながらはゆっくりと膝を立てた。

「冗談、ですよね?」
「やっとオレが誰だか分かった?」
「待って待って待って……う、動かないで下さい!」
「何で? 感動の再会だろ?」

これまでの行いと発言が目まぐるしいスピードでフラッシュバックする。
恥ずかしさとその場に居たくない思いでは咄嗟に木の幹を回り込むと身体を小さくしてその身を隠した。
早くなる呼吸がやけに煩く、は固く目を瞑りながら「嘘! 嘘ですよね!? 待って! 来ないで!」と叫んだ。

「あんまり騒ぐと他の奴らにバレるよ?」
「こ、心の準備をさせて下さい!」
「……さっきまであんなに饒舌だったのに」

反対側から聞こえた声は何処か不服そうだった。

「だ、だってあれは! イ、イルミさんじゃなくてギタラクルさんだと思ってたから!」
「普通あんな話し信じる?」
「だってだって! ミルキさんなら出来そうなんですもん!」
「出来なくはないけど、こんなリアルには無理でしょ」

幹に額を押し付けながらは大きく息を吸い込んだ。
やはり自分の予想は間違っていなかった。
飛行船での移動中に感じた手の違和感からギタラクルはもしかしたらイルミなのではないかという謎がやっと解けた。
は意を決して小さな声で「本当の本当に、イルミさん、何ですか?」と聞くと、すぐに「そうだよ」と返ってきた。


2021.03.16 UP
2021.08.05 加筆修正