パラダイムシフト・ラブ2

89

穴があるなら入りたい。
今まさにはそんな気持ちで居た。
ヒソカの話しもあって今の今まで本当にギタラクルの事をゾルディック家で使用されている戦闘訓練用の人形だという事を信じていたために、これまでの行動に羞恥心が溢れてくる。
自分に嘘を流した張本人はこの事実を知っているのだろうか。
は大きく深呼吸をしながら「ヒソカさんは……イルミさんの事、知ってるんですか?」と勇気を出して尋ねると、そっけない声で「当然」と返ってきてまたは聞かなければ良かったと後悔した。
隠すなら最後まで隠して欲しかった。
どうして今のタイミングになって正体を晒すのか。
純粋な信じる気持ちを踏みつけられたような気がしたの目が徐々に濡れ始める。

「騙すなんて……酷いですよ」

ポツリと漏れた声が鼻を啜る音に交じる。

「……泣いてるの?」

は腕で目元を拭いながらはっきりとした口調で「泣いてません」と否定する。
しかし、人間とは面白い生き物で言葉で事実を否定するとそれを肯定させようと身体が反応する。
じわじわと溢れる涙を拭いながら身体を丸くさせると足音が耳に入った。
目を擦りながら顔を上げるとぼんやりしているシルエットを視界が捉える。
一瞬そのシルエットが動いたかと思えば、目を擦っていた手を力強く引かれた。

「は、離して下さい!」
「そんな手で擦ったら菌が入るよ?」
「放っておいてください! ソレよりも! 嘘つくなんて、酷いです! 二人して私を騙して……イルミさんもヒソカさんも酷いです! 嘘なら最後まで貫き通してください!」
「だって全然気がつかないし、良い加減あのヒソカが考えたクソみたいな設定面白くないんだもん」
「ちょっと! 降ろして下さい!」

いつの日かみたいに肩に担がれ、イルミは暗闇の中を迷うことなく進んでいく。
拳でその背中をポカポカと叩いてみるが反応がない。
こうなってしまってはイルミは何をしてもよっぽどの事が無い限り反応を示さない。
規則正しい振動がろくに寝ていないの眠気を誘うのは簡単な事だった。
目を開けていても閉じていても同じような暗闇に意識の境目が曖昧になっていった。
次第に目を開けているのか閉じているのかも分からなくなり、意識が少しずつ遠のいていく。

*****

3日目の朝、目を覚ました時に広がる光景には絶句した。
最後の記憶は暗闇が広がる森の中をイルミに肩に抱えられながら歩いていたところで、今は見知らぬ岩場に囲まれている場所に居た。
一体何処まで来てしまったというのか。
周りを見渡すと誰も居ない。
見知らぬ場所で一人で居るのは心細く、はすぐに枕代わりにしていたらしいリュックを抱きかかえた。

「え……何処なの?」

呟いたの言葉少しだけ響く。

「イ、イルミ、さーん?」

少し大きな声を出すと反響した声が返ってくる。
その性質からどうやら空洞のような場所に居ることだけは分かった。
は眉を寄せ、周りを警戒しながら立ち上がるとゆっくりと目を閉じた。
耳を澄ませるとかすかに左側方面から鳥の声が聞こえるような気がした。
自分の耳を頼りにゆっくりと進むと明かりが見え、胸を撫で下ろしながら足取りを早めると眼の前には雲一つない青空と生い茂る木々が広がっていた。
太陽の位置は高く、昼過ぎのような温かい日差しに目がくらむ。
振り返り自分が歩いてきた道を見ると大きな洞窟の入り口がそこにはあった。
試験中だと言うのにあまりにも静かで、穏やかすぎる光景にの喉が鳴る。

は空腹によって誘われる吐き気を堪えながら茂みへと入り、何か食べれる物が無いか探した。
上を見上げながら慎重に歩いていると大きな丸々とした木の実が成っているのを見つけ、とりあえず足元に転がっていた枝を拾って投げてみるが全然届かない。
何度か投げてみるがトンチンカンな方向に飛んだり、飛距離が届かなかったりと散々な結果だった。
文明の利器に頼らずに一人で生き抜くことがこんなにも難しい事なのかと痛感しながらも、の負けず嫌いに火が灯る。

「……登ってみようかな」
「止めた方が良いと思う。どうせ降りれなくなるんだし」

勢いよく振り返ると木の幹に背中を預けながら果実らしきものを無表情で頬張っているイルミがそこに居た。
昨日まではショートヘアだったのに、今は腰まで伸びた艷やかな黒髪が揺れていた。
突然のことで大声を出すと「煩い」と言われてしまった。
見られている気配が全く無かった。
は後ずさりしながら「い、いつから居たんですか!?」と声を上げ、イルミとの距離を取った。

「……8回目の枝を投げてなんか暴れてた時からかな?」
「声ぐらいかけて下さい! 今死ぬほど驚きました!」
「だって面白かったから」
「こっちは真面目にやってるんです! って言うか、髪! 髪が伸びてます!」
「正体バレちゃったし、針刺しっぱなしも疲れるから抜いちゃった」

そう言いながらイルミは一本の針をおもむろに見せる。

「それともショートの方が良いの? ならもう一回刺すけど」
「いえ、そうじゃないんですけど……な、なんか改めてギタラクルさんはイルミさんだったんだなって思い知らされました」
「まぁこっちにも色々事情があってね。それより、は力の乗せ方を分かってないから届かないんだよ。闇雲にやった所で今のままじゃアレは落とせない」

バナナにも似たような果実の皮を剥いたソレをイルミはに差し出す。
はその果実とイルミを交互に見た。

「いらないの?」
「……何か罠の匂いを感じます」
「察しが良いね。ライセンスを諦めるって言ったらあげる」
「……なら、いりません」

はイルミに背中を向け、頭上であざ笑うかのようにぶら下がっている木の実を睨みつけた。
足元の小石を手に取り狙いを定める。
大きく息を吸い込み、一投を放つ。
勢い良く手元から離れた小石は全然違う方向へと飛んでいった。

「ノーコン」

の眉間に皺が寄る。
もう一度やってみるが今度は木の実をかすめた。
手応えを感じたはそこから何度も試してみるが一向に木の実は落ちてこない。
失敗するたびに後ろから小さなヤジが飛び、一瞬振り返ると皮が剥かれたバナナのような果実をイルミはコンサートで使用するペンラインのように振っている。
喉から手が出る程欲しい食料には奥歯を噛み締めながら再度木の実を睨む。
本体に当てた所であれは落ちてこない。
だとすれば枝を狙うしか無い。
どうしたものかと考えてると「さっさと諦めちゃいなよ」と心の炎に燃料が投下された。

「諦めないって」

は小石を拾い上げて握りしめる。
空腹とヤジによっての中でグツグツと何かが煮えたぎっていた。
諦めれば楽なのだが、そんなことをしてしまえば今までの時間が全て水の泡となる。
身体が熱くなるのを感じながら制御が出来なくなった脳が司令を送る。
本来の自分なら絶対にしないし、考えられない行動力がエネルギーへと変わる。

「言ってるじゃないですか!」

血走る目ではイルミに振り返ると大きく振りかぶり、そこから投げられた小石は風を纏い、勢いよくイルミの顔面へと飛んでいく。
既の所でイルミは頭をずらして小石を避けると幹に小石はめり込んだ。
その様子を見ては全身から力が抜けて、座り込んでしまった。
めり込んだ穴からは小さな煙が出ていたが、やがてそれは静かに収まった。
先程木の実に向かって投げていた頃とは比べ物にならない程の威力に自身驚きながらも、そんなものをイルミに向かって投げてしまった事に身体が震え始める。

「さっきより良いじゃん」

イルミがその穴を指で撫でる。

は常に漏れてる状態だから。普段はポンコツだけど力を乗せればこうやって威力が乗るんだよ」
「あ、あの……怪我とか、してませんか?」
「平気。あの程度じゃ蚊が飛んでるのと一緒だから」

は地面に手をついて身体を支えているのがやっとだった。
涼しい顔をしているイルミを見上げながら「ごめんなさい。私……」と小さく呟くとイルミは何かを考えるような仕草を見せる。

「な、なんかワーってなって、つい……」
「まぁ、そうなるようにしたのはオレだから」
「で、でもだからってイルミさんに投げるとか……」
「良い? オレからプレートを奪わなければは最終試験に進めないんだよ? オレに一発当てられるぐらいにならないと最終試験なんて無理だから」

イルミは木から離れての前にしゃがむと優しく頭を叩いた。
が何か言おうと口を開いたその瞬間、瞬でその隙間を埋めたのはバナナのような果実だった。

「んぐっ……!!!」

無理やり押し込まれたことでは何も言えなくなってしまった。

「力入らないでしょ」

返事の代わりには小さく頷いた。
しかしどうして良いか分からなかった。
もしコレを食べてしまえば言葉では言わないがライセンスを諦めたことになってしまうのではないか。
そう思うと迂闊に歯を立てることが出来なかった。

「慣れないには消費が激しいからね。今回は特別にあげる」

は目だけで口に押し込まれている物を見た後にイルミを上目遣いで見つめる。
そうは言われてもなかなか身体に力が入らない。
しかし、イルミはの”やる気”を出させるのが上手かった。

「ふーん。って咥えてる時そういう顔するんだ」

は頭を大きく動かしてソレを折った。


2021.03.18 UP
2021.08.05 加筆修正