パラダイムシフト・ラブ2

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「ねぇ、なんで怒ってるの?」

来た道を戻り道中、イルミは首を傾げながら前を歩くに質問を投げるとが、は振り返らずに「自分で考えてください!」と言うだけ。
先ほどまでフラフラだったのがもう体力が回復している事にイルミは少しだけ目を細める。
常人であればぶっ倒れてもおかしくない量のオーラを使用したにも関わらずは元気に歩いている。
挑発して自分を狙わせた時はただ漏れているだけだったオーラはしっかりとが投げた石に乗せることは出来ていたところを見ると、怒りに任せてではあるが鍛えれば念を使えるようになるのではないかとイルミは考えていた。

「考えても分からないから聞いてるんだろ?」
「……もう良いです!」

程なくしてとイルミは洞窟の前に到着した。
この先のプランがないはただ立ち止まりながらその入り口を見上げているだけだった。

「……此処に運んでくれたのはイルミさんですか?」
「そうだよ」
「イルミさんは、どうして嘘をついてまで試験に参加したんですか?」

洞窟から吹く風に遊ばれる髪の毛を抑えながらはイルミに振り返った。
相変わらずイルミの顔は何を考えているのか分からない表情をしていた。

「キルア君の話では、毎年ご家族から受けろって言われてるのに受けないって言わ」
が参加してるから」

の声を遮ってイルミが話す。

「別にオレはライセンスなんて必要とは思ってないけどが参加してるって聞いたから参加してるだけだよ。死なれちゃ困るからね」
「……で、でも実際死ぬような試験は」
「今がその時でしょ。オレが居なければ間違いなくはこの試験で死ぬ。仮にキルの助けで残ったとしても次の試験で死ぬよ」
「そ、そんなことやってみたいと」

林の中から不自然な音が聞こえた。
咄嗟にイルミは振り返り、ズボンのポケットに手を忍ばせる。

「……イ、イルミさんこっち!」

イルミの手を引いては洞窟の中へと逃げ込んだ。
二人の足音が洞窟内でこだまする。
入り口が見えなくなるあたりまで走るとは息を整えながらイルミに振り返った。

「何で逃げたの?」
「え?」
「参加者だったらプレート奪えたのに」

その言葉には気が付いたように「そ、そう、ですね」と返すが、遭遇したところで今のに仕留められる自信はない。
それよりも、一瞬感じたイルミの殺気をどうしても抑えたくて思わず洞窟に逃げ込んだのだった。
もしあの状態で遭遇していたら間違いなくイルミは参加者を殺してしまうだろう。
仕事以外で人を殺めるような事をして欲しくないと思ったが故の行動をは誤魔化すように「でも、もしかしたら熊とか、だったかもしれませんし、ね?」と笑った。

「あれは動物じゃなくて人の気配。プレートが欲しいんだろ? なら殺さなきゃ」
「殺すって……何もそこまで……」
「此処まで残ってるんだから当然死ぬまでプレートを渡さない奴らばっかりさ。情けなんていらない」
「で、でも私まだ戦えないし!」
「言っただろ。はもうそんなレベルじゃなくて、殺すか殺されるかの世界に居るって」
「え……」

かすかに聞こえる足音には首だけで背後を振り返る。
入り口の方から聞こえる足音を捉えたはイルミの服を握りしめる。

「ど、ど、どうしましょう!!!」
「どうするってやるんだよ」
「やるって誰が!?」
が」
「私が!?」

一際大きく出たの声が洞窟内に響き渡る。
それと同時に足音も止まり、慌てて口を押さえるが既に遅い。

「あーあ。大きな声出すから」
「ほ、本当に私がやるんですか!?」
「そうだよ。オレはのプレートがあるか要らないし」
「でも、でも、私……」

はイルミの服を握りしめながら俯いた。
頭の中でいろんな情報が交差する。
何か良い解決方法は無いのか。
出来る事なら戦いを避けて交渉でなんとかしたい。
しかし、には交渉する材料がない。
もしかしたらイルミが助けてくれるかもしれない。

「ダメ……それじゃ意味がない……」
「ん?」

は邪念を振り払うかのように頭を振り、握りしめる手に力を込めた。
自分の力で試験をクリアするんだと決めたのだからイルミに頼っては負けたも同然。
やはり自分の力でなんとかするしかない。
刻々と近づいてくる足音がを焦せらせる。
もはや考えている時間など無い。
は唇を噛み締めながら顔を上げ、真っ直ぐにイルミの目を見つめる。

「お、教えてください」
「何を?」
「……こ、こ……」
「こ?」
「殺し方、です」

一度言ってしまった言葉を撤回することは出来ない。
は目を瞑り、眉を寄せながらもう一度「殺し方を、教えてください」と呟いた。

に出来るの?」
「……やるしか無いじゃないですか」
「オレがやってあげようか?」

甘い囁きにはしっかりと頭を横に振って拒否した。

「私がやらないと、ダメなんです」
「……ふーん」

近くなる足遠が煩く感じた。
ゆっくりと目を開けるとイルミは「オレは実践主義だから」と言うと、にポケットに忍ばせていた一本の針を持たせた。
毒々しい色を放つ装飾品がついた針に視線を落とすと、イルミに肩を掴まれて反転させられた。
少し屈んだイルミの口元がの耳に寄せられ、思わず体を強張らせる。

「相手は男。多分そこまで難しく無いから」
「え……? え?」
「背後を取ってその針を刺せば良いよ」
「あ、あの……」
「以上終了。じゃ、頑張ってね」

軽く肩を叩かれ、「え? 終わり?」と見上げると「そうだよ? 殺し方なんて教わるもんじゃなくて自分で得るもんだよ」と返された。
何かもっとコツとか、何をどうすれば良いとか教えて欲しかったのにあまりにもアバウトすぎるアドバイスには内心不安だらけだった。
一本だけ持たされた針を見ながら洞窟内の真ん中に立ち近づいてくる参加者に生唾を飲み込んだ。


2021.03.26 UP
2021.08.05 加筆修正