パラダイムシフト・ラブ2

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プレートを持ち、残りの日まで生き延びて迎えに来る船に乗るという事はイルミの指示に逆らうことになる。
しかし逆にリタイアの時間までただひっそりと待つことは、キルアとの約束を破り、ゾルディック家の期待を裏切る事と共にヒソカに背後を狙われる事にもなる。
どちらを優先するべきなのか。
それを考えるためにもはヒソカが置いていったプレートをバッグの中に隠して森の中を歩き出した。
ヒソカの話ではが連れて来られた場所は島の最北端らしい。
島の規模がどれくらいなのかは分からないが、少なくとも残りの3日間の間に森の中を歩き続ければスタートライン付近には辿り着けるだろうとは思った。

太陽が動く位置を確認しながら森の中を進むのは決して簡単な事ではなかった。
途中で躓きそうになったり、人の気配を感じて息を潜めたりしながら進むのはなかなか難しく、の息はすぐに上がる。
道すがら落ちている果実を拾い、服で汚れを落として齧ると甘い果汁が口の中に広がり、その甘さが今の過酷な状況の中の救いに感じられるぐらい甘美なものだった。

太陽が傾き始め、徐々に森が暗くなってきたところでは歩みを止めた。
目汁としなる太陽がないため、無闇に暗い森の中を歩くのは危険だと判断し、座れる場所を探して腰掛けた。
だいぶ歩いたからか髪の毛も汗と脂でベタベタになり、なんとも気持ち悪い。
木に背中を預けながらゆっくりと目を瞑り、熱い風呂に入りたいと心から思った。

「温泉……入りたい……」

参加している皆はどんな生活を送っているのだろうか。
自分と同じように汚れているのか、はたまた衣食住を確保しながら過ごしているのか。
キャンプもしたことがないには落ちている物を拾って食べ、木に寄りかかって眠ることぐらいしか出来ない。
こんなことになるぐらいなら会社のキャンプ旅行に参加しておけばと思ったが、それは後の祭り。
そもそも日本に居た時に自分がこんな経験をすることになるとは思いもしなかった。

明日も頑張ろう。
そうは思って眠りについた。

*****

「お、おい……これ、死んでるのか?」
「いや、恐らく寝ているだけだと思う」
「っつーかこの緊張感で良く寝れるよなぁ。ほんっと呑気な奴だぜ」
「肝が座っている……のだろうか。それにしても一人とは妙だな。キルアとは逸れたのか?」

すやすや眠っているを見下ろしながらレオリオとクラピカは顔を見合わせる。
眠っている女性に触れて良いのかどうか悩んでいる所での瞼が僅かに痙攣した。

「う、ん……」
「お? 起きたか?」
「ん……え? えぇ? え!? レオリオさん、にクラピカさん……!?」

ボヤける視界に映った見知った顔には驚き、背もたれにしていた木に頭を思い切りぶつけて後頭部を押さえた。
「お、おい! 大丈夫か?!」とレオリオがすぐに横に腰を下ろしてぶつけた部分に触れるが、は思わずその手を弾いてしまった。

「な、なんだよ。オレはただ……」
「ち、ちがっ! 違うんです!」

はすぐに二人から距離を取り、レオリオに頭を下げた。

「いや……その、ずっと……お風呂に入っていないので……匂いとか……髪もベタベタで……」

恥ずかしくて二人の顔を見れず、は俯きながら説明するとレオリオが「べ、別に気にしねぇよ。な? クラピカ」とクラピカに同意を求める。
勿論クラピカも「大丈夫だ」と言ってくれたがそれはそれで複雑な心境になる。

「それで、は何故一人で行動しているんだ? キルアと一緒じゃないのか?」
「あぁ、それには……ちょっと色々ありまして」
「もしかしてお前……一人で勝手に迷子にでもなったのか?」
「違いますよ! いや、まぁ、半分そんな感じかもしれないです」
「どういう事だろうか?」

どこから話せば良いのか考えているとお腹の虫が合唱をし始めた。
まずは腹ごしらえとレオリオが提案したがその前には小さく手を上げて他の提案を求めた。

「あの……この近くに水辺ってありませんか?」

泥などがついてるであろう顔を拭いたかった。

*****

は目の前に広がる小さな泉に目を輝かせ、ほんのりと立ち上る湯気に空いた口が塞がらず、しばらく硬直していた。
その後ろ姿を得意気な顔で見ていたレオリオは胸を張りながら「昨日見つけたんだよ。スゲーだろ?」とふんぞり返る。
それに対してクラピカが間髪入れずに「本来は私のはずだが?」と呆れた。

「もう! もうもうもう! お二人共パーフェクトです!! 温泉ですよ温泉!!!」

”温泉”とはしゃぐはまるで子供のようだった。
やっとこれで体の汚れを落とせると思うと今すぐにでも浸かりたい衝動に駆られたが後ろには二人の男性が居る。
どうしたものかと思っているとクラピカが気を利かせてレオリオを連れて少し距離を取ってくれた。
それでも体を泉に浸すのは避け、はバッグの中に入れていたタオルを取り出してそれを泉に浸した。
じんわりと感じる暖かさに思わず「あぁ〜」と声が漏れる。

素足を湯に付け、シャツの下に絞ったタオルを這わせると気持ちが良い。
なんて素晴らしいものを見つけてくれたのだろうか。
二人に感謝しながら、あまり待たせるのも悪いと思い、体をある程度拭き終えると早々に引き上げて二人の元へと戻った。
そこには果物を大量に抱えた二人がおり、が来るまで待ってくれていたようだった。

「お待たせしてすみません」
「構わない。気持ち良かったか?」
「最高でした。この島に温泉があるとは思わなかったので……本当によく見つけました」
「オレが最初に見つけ」
「見つけたのは私だ」

久しぶりの談笑にの頬も緩む。
今日という日が過ぎれば、残り2日間しかには考える時間が無い。
この二人と一緒に居て大丈夫なのだろうか。
心に陰りを感じながらはクラピカに手渡された桃のような果物の一口目を小さく齧った。


2021.10.05 UP