パラダイムシフト・ラブ2

98

翌朝、の自分の額に何かが触れた気がした。
その手つきは優しく、少しガサガサしたような皮膚だったが嫌な気はしなかった。
まどろむ意識の中、はゆっくりと目覚めると自分を見下ろしているレオリオと目が合い、何が起こっているのか分からなかった。
寝る時の最後の姿勢は木に寄りかかっていたはずだ。
しかし、今はどうだ。
頭を少しだけ動かすと、後頭部に感じた硬い感触には自分がレオリオの膝に頭を預けているのを理解し、慌てて体を起こした。

「ご、ごめんなさいっ!」
「ん? おぅ、起きたのか」

何でもないように答えたレオリオは「良く眠ってたぜ?」と小さく笑った。
脇に置いていた鞄を引き寄せ、その中を漁りながら小さな小瓶をに見せて投げた。
落とさないように慌てて受け取った小瓶のラベルには走り書きで”サプリメントB”と書かれていた。

「それ、ちゃんと飲んどけよ」
「……え?」
「顔色悪いの、気がついてねぇだろ?」
「これってもしかして……」
「ビタミンBってやつだぜ」
「そ、そんなに酷いですか……?」
「おう。どうせこの数日間まともに寝れてねぇんだろ? そういうとき、サプリメントってのは決して悪い選択じゃねぇ。むしろ時には必要なもんでもあるんだぜ?」

「気休めとか言う奴もいるが、俺はそうは思わねぇな」と真面目に教えてくれる横顔を見ながらは手の中で転がる小瓶にふと視線を落とした。
人のことを見ていないようでしっかりと見ているレオリオには心から医者になって欲しいと思いながら小瓶をバッグにしまっていると、衣服を叩きながらクラピカが茂みから顔を出した。

「起きたのか。レオリオ、は大丈夫か?」
「人様の膝の上でゆっくり寝たからか熱も引いてやがる。こりゃ単なる疲労だな」

ゆっくりと立ち上がるレオリオとクラピカの顔を交互に見る。
状況についていけずが固まっているとクラピカが「夜中、魘されていたんだ」と教えてくれた。

「私が、ですか?」
「あぁ。レオリオが発熱していると言うからな。私が代わりに薬草を探しに行ったんだが、必要無さそうで安心した」
「連日の緊張からかもな。ま、今は平熱になってるから安心しろよ」

ニカっと笑うレオリオは人差し指での額を弾いた。
そんな二人を見ながらクラピカは肩にかけたバッグをかけ直しながら「なら、移動するとしよう」と声をかけた。

*****

行くあてはないが、三人は一列に並びながら森の中を散策した。
は道中で色んな虫や鳥を発見したり、食べれるキノコや薬草を教えてもらい久しぶりにゆったりと流れる時間を過ごした。
しかし、この流れが一生続くわけではなく、明日にはなれば最終試験が待っている。
恨みっこなしの最終試験のために、今自分が出来る事は何だろうかとは歩きながら考えていた。
面白いキノコを眺めながらは無意識に感謝の言葉を二人に向けて零していた。

「あ? どうした?」
「あ、いえ。こんな私を仲間にしてくれて……なんかその……急に言いたいな、って」

レオリオとクラピカは顔を見合わせた後、笑ってくれた。

「それを言うなら……こちらこそ、だ」
「同感だぜ」
「そうです、かねぇ?」
が居なかったら、タワーも攻略出来なかっただろうしな」
「あぁ。それにお前は、俺の患者第一号だからな!」

その後は他愛もない話をしながら夜の寝床を探したり、水辺を探したりと歩きっぱなしだった。
それでも話や笑いは絶えず、本当に良い仲間と巡り会えて良かったとは感じていた。
しかし、それでも気になるのはイルミの存在で、彼は今どこで何をしているのかが気がかりだった。
リタイアすると言ったのにも関わらず、その言葉を無にして最終試験に進む自分を知ったらどう思うか。
怖い反面、どこか許してくれるような気もしていた。
このまま会わないまま最終試験の日を迎えるのはどこかむず痒いが、かと言って会う術もない。
出来る事なら、自分の口からやっぱり最終試験に挑戦したい意思を伝えたいと思い、散歩をしながら会えないかと思っては見たものの、結局その願いは叶わなかった。

その日の夜、は今にも消えてしまいそうな焚き火を見ながら溜息を吐いた。
それに気がついたクラピカが「悩んでいるのか?」と優しく聞いてくれる。

「試験は、受けます。ただ、やっぱりリタイアすると言ってしまった手前、気が引けるというか何と言うか。本人に会った時、なんて伝えれば良いのかとか、そんな感じです」
「そうか。大なり小なり悩むというのは、良いことだ」
「コロコロ意見が変わるのって、優柔不断って思いませんか?」
「いや、今回の件に関して言えば私はそうは思わない。悩むということは、それぐらいその物事に関して真剣に考えている証拠だと言える気がする」
「……何だか難しいですね」
「簡単に答えが出る問題は、面白くないだろ?」
「まぁ、確かにそう、ですね」

パチパチと燃える木の様子がの瞳に反射する。
その揺れ方は不規則でまるで自分の心を映しているように思えた。

「出来る事ならイルミさんに、やっぱり最終試験に挑戦したいって、事前に言いたかったです」
「分かってくれるさ」
「実際はなかなか頑固なところ、あるんですよぉ?」
「なるほど。なら私はその話の続きは惚気話として聞けば良いかな?」
「の、惚気なんてそんな! 違いますよ!」
「おいおい、何の話で盛り上がってんだよ? 俺も仲間に入れてくよ」

火を絶やさないために草木を集めてきたレオリオは枝を何本も抱えており、の横に腰を下ろすと消えかけてた焚き火の中に枝を放り込む。
加わった枝を仲間として受け入れた火は勢いを増して、姿を大きくさせた。

「で、何の話だよ?」
の惚気話だ」
「ちょ、クラピカさん! あの! レオリオさん! 違ういますからね!? 惚気話じゃないですからね?!」
「はー! なんだよ! 惚気話かよ! 他所でやれ他所で!」

消えそうになっていた意思も仲間が居れば再度燃え上がる。
高く燃え上がった炎が踊り、まだまだ燃え尽きるには時間がかかりそうだった。


2022.04.17 UP