コスプレでロン!

宅コスでロン!

北乃の発案により毎週水曜日はお客様感謝デーを行う事となり、は通常の制服を着ることを許してもらえなくなった。
それからというもの、のロッカー内が賑やかになりどうしたものかと考えた。
以前北乃に衣装を返そうとしたが、「サイズが合わないからいらないわ」と跳ね返されたのを思い出す。
これ以上増えても困る。
腰に手を当てて気が進まない溜め息がついて出た。

「……持って帰るか」

北乃から勝負服を押し付けられる際に貰う高級ブランドの紙バックに目をやる。
貧乏性が手伝って捨てられなくなった紙袋。
真っ黒のベースに白地でシンプルに飾られたブランドロゴ。
その袋の中身が高級バックではなく、コスプレの衣装だと知ったらセレブは泣くだろうか。
そんな事を考えながらはお世話になった衣装を皺にならないように丁寧に畳んでから袋にしまった。

*****

「ただいまぁ」
「お帰りなさいちゃん」
「うん! ただいまみゆきさん!」

みゆきが竜の室に転がり込んでから大分経ち、いつも帰れば笑顔で迎えてくれるみゆきをは慕っていた。
良きお姉さんのような、時にはお母さんのような存在には安心感を感じ、毎度仕事から帰るなり台所で夕飯の支度をしているみゆきに抱き着くのが日課となっていた。

「あぁ落ち着く……」

抱き着く腕に力を込め、背中に頬すりするとみゆきは小さくクスクスと笑う。

「遅くまで大変ね。もうすぐ出来るから待っててね」
「はーい。あ、竜は? 帰ってきた?」
「あの人は……まだ帰ってきてないの」

一瞬だけみゆきの声のトーンが落ちる。
みゆきが竜に惹かれてるのは出会った瞬間に解ったというより、知っていた。
竜は不思議な男で男女関係なく人を"引き寄せる"魅力を持っている。
竜に靡かない人間なんてこの世に居ないのではないかと思わせる程だ。
しかし、竜は誰にも靡かない。
実らない恋と知りながらも惹かれる女の目はなんと儚い物かとみゆきの横顔を盗み見た時には痛感した。
勿論それは自身にも言えることだった。
もまた、竜に惹かれているの人間だから。
誰も居ない、一人きりの時に竜を想う顔はもしかしたらこんな顔かもしれない。
こんな思いをするのは自分一人で構わない。
少しでもみゆきと竜の中が発展すればいいなと思い、距離を取る。
慕うみゆきの優しそうな顔が曇って欲しくなくて、はすぐに声の調子を変えて話を切り替えた。

「あ!そうそう。最近ねお店でコスプレするようになったの」
「こすぷれ……?」
「うん! まぁ簡単に言うと……全然職と違うジャンルの制服きたりとかかなぁ」

みゆきから離れ、持って帰ってきた紙バックの中からナース服を取り出しみゆきに見せる。
驚いたみゆきの第一声は「これどうしたの?」で次は「本当にちゃんが着るの?」だった。
はみゆきに北乃の事を教えるとみゆきはあまり良い顔をしなかった。

「大丈夫だよ! 健全な雀荘だし、遊びみたいなもんだから。ちょっとだけ恥ずかしい時もあるけど大丈夫大丈夫」
「でもねちゃん。何かあってからじゃ遅いのよ?まぁ……ちゃんに何かあったらあの人が黙ってないと思うけど」
「あの人って……竜? まっさかー」

ケラケラ笑うを横目にみゆきは少しだけ口元を緩めた。
静かにコンロの火を止め、夕飯の支度が終わったことを伝えるとは衣装を袋にしまい、居間に鞄と紙袋を追いやるとすぐにみゆきを手伝った。
煮込まれた肉じゃがと鼻を擽る秋刀魚の塩焼き、漬物と汁椀がコタツ机の上に並ぶ。
1日の出来事を思い出しながら話し、みゆきの笑顔を誘った。
その日も女だけの食卓となり、会話に花が咲き、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

*****

「じゃーん!」
ちゃん可愛いわっ!!!」
「みゆきさんもステキ! でもやっぱり私のじゃちょっと小さいよね……胸周りとか……」
ちゃんはこれからよ。今は成長期だからゆっくり熟すのを待つといいわ」
「なら私も将来はみゆきさんみたいなナイスバディってことだね!」

それは、夕飯の後片付けをしている時にみゆきの「着てみたいな」という小さなボヤキから始まった。
女同士だし今部屋にいるのはみゆきのみ。
は二つ返事で承諾し、恥ずかしいなら一緒にという提案ではチャイナドレス、みゆきはナース服を着てみた。
みゆきは竜の服が収納されてる衣装棚に備え付けられている鏡の前に立ち、いつもと違う自分の姿をくるくる回りながら見ては喜んだ。
楽しそうなみゆきをみるとの顔をついついほころぶ。

「他にはどんなのを着たの?」
「んー。水着とか学校の制服とかナース! レパートリーは少ないけど、ロッカーが小さいから今日はこれとナースを持って帰ってきたの」
「そうなのね。でも……やっぱり心配だわ」
「ん?」
ちゃんは……ちゃんとおうちに帰ってきて欲しいの」

みゆきはに向き直ると大きな目を細く伏せ、白い手での両手を包み込んだ。
じんわりと伝わる人の熱。
雀荘に行ったことが無いみゆきにいくらクリーンなイメージを伝えても、世間が持っている雀荘のイメージは悪い。
不安の色を宿した瞳を見ると何も言えなくなってしまう。

「みゆきさん」

の声にみゆきは伏せていた目をに向ける。

「私はどっかの気まぐれで放浪癖のある猫とは違うよ。もう一人じゃないからちゃんと帰ってくるよ。だって帰ればみゆきさんが居いて待っててくれてるんだもん」
ちゃん……」

しんみりとするムードを壊すように玄関の方から音が聞こえた。
ドアノブが回る音とドアが開く音。
二人は同時に玄関の方に顔を向け、見合った後に笑った。
気まぐれで放浪癖のある猫が帰ってきた。

「竜が帰ってきたよ!」

小さな声で言えばみゆきはしどろもどろになりがら小さく頷いた。
いつもと違う恰好に少々恥じらいを感じているのだろう。
少しだけ顔を赤くさせるみゆきが可愛くて、は手を引いて玄関へと向かった。

「お帰り竜!」
「お、お帰りなさい……」

目の前に現れた小生意気なチャイナ娘と恥じらう白衣の天使。
滅多に驚かない竜はしばらくの間煙草を吸うのを忘れて硬直した。

今日は特別待遇でお出迎え。


2013.08.09 UP
2018.07.26 加筆修正
2019.09.17 加筆修正
2021.08.23 加筆修正