コスプレでロン!

巫女でロン!

北乃の発案により毎週水曜日はお客様感謝デーを行う事となり、は通常の制服を着ることを許してもらえなくなった。
最初はうんざりだったものの、不本意だが自身心身共に慣れてきた。

「結局今日という日が来るわけですね」
「レパートリーが増えることは良いことよ。何より私が楽しい……じゃなくて男共も喜ぶってものよ」
「今一瞬だけ本音出ませんでしたか?」
「それは気のせいよ。ほら、さっさと着替えてらっしゃい」

北乃から高級ブランドの紙袋を受け取り、溜め息交じりでは更衣室へと消えるのであった。

*****

涼しい室内の全卓が埋まり、忙しなく一人の腰に幣を差した巫女が給仕を行う。
朱色の袴が鮮やかで無垢な少女の顔がさらに幼く映る。
見慣れたサービス姿に常連客の顔は緩み、新規のお客の喉が鳴る。
それを頷きながら北乃は見ており、小さく「やっぱり素材が良いわね……」と呟く。

「いらっしゃいませ。ご新規の……学生さん3名様でしょうか?」
「えっ!? あ、はい!」
「では、こちらへどうぞ。後ただ今卓が埋まっておりますので少々お待ち頂けますか?ご案内する際にシステムの方説明させて頂きますね」
「はっ、はい!」

店に訪れた三人の新規客。身なりからして大学生であろう。
は笑顔を浮かべながら三人に小さな包みを渡すと、待ち椅子に座るよう案内した。
学生たちの手に握られている物は丸っこい文字で必勝祈願と書かれた手作りのお守りだった。
直ぐに客に呼ばれたは座る三人に一礼してからその場を離れた。

「なぁなぁ! あの子可愛くね!?」
「っつーかこれ手作り!?すげぇえ!!!」
「あんな彼女が欲しい……通えば仲良くなれっかな?」

二人は桃色な視線をに送り、一人は手作りのお守りに興味津々といったところで北乃は細い煙を口から吐き出した。
男の気持ちをすぐに掴むの接客スキルはみるみる上がり、翻弄される男共を見ているのが面白い北乃は眼を瞑り開店前の出来事を思い出した。

渡した衣装が巫女装束であると知ると着替え終わったはすぐさまマスターから紙とハサミとペンを借り、お店開店準備をすぐに終わらせると同時にお守り制作に入った。
正直北乃はそんなもの誰が貰って嬉しいんだと思った。
そう感じる北乃にはこう言った。
"初めて来る人に渡したいんです。ほら、初めてって緊張するし、初場所は勝ちたいたいって思うんだと思います。折角の巫女だから応援したいです"と。
結果、それは成功した。
女の子らしいそのもてなしと笑顔に新規客の心が奪われるのには時間がかからなかった。
はしゃぐ大学生がこれからの常連になるのが北乃には目に見えていた。

「名前なんて言うんだろうなぁ……」
「ちっちゃくてマジタイプ! 後で話しかけてみよっかな!」
「おい! マジお前ら抜け駆け禁止だからな!」

盛り上がる三人に対し北乃は小さく笑いながら煙草を灰皿に押し付けた。

「ねぇ貴方達」

不意に話しかけられた三人の顔が一斉に北乃の方に向けられる。

「手強いライバルが多いわよ?」
「ライバル……っすか?」
「彼女を狙うのは何も貴方達だけじゃないってことよ。まぁ洗礼を受ける事になるから覚悟しなさい」

意味深な笑みを浮かべながら「それを乗り越えないと彼女には近づけないわ。
まぁせいぜい頑張りなさい」とだけエールを送る。
学生達が顔を見合わせていると小さな巫女が駆け寄り「お待たせ致しました」と声をかけた。

「えっと……席は空いたんですけど……マミさんはどうします?」
「竜の卓で三人空いたんでしょ?なら彼らを優先して。私は今あんな状態の竜とは打ちたくないわ」

鞄の中から煙草を取り出し、火をつける北乃には「解りました」と返し、学生三人衆を見る。

「卓にご案内致します。あ、ちょっとナルシストっぽい変な人が同卓につきますが気にしないで下さいね」

ニコっと笑うの笑顔にニヤつく三人衆の末路に北乃は同情せざるを得なくなった。

*****

その日学生三人は鬼を見た。
容赦なく鳴き、容赦なく上がる一人の鬼。
初心者にここまでするかと言わんばかりの点数での直撃。
最後に引いたツモ牌で役満上がりの三人飛ばし。
平然とした顔で煙草を咥え、三人に向けて「地獄は見えたかい?」と不敵な笑みを浮かべる始末。
当然半荘二回やって学生達は帰って行った。
最初は暗い顔だったがが頭を下げると三人は苦笑しながら「また遊びに来るよ」と残して帰って行った。

店に戻るなり仲良く二人のスモーカーが椅子に座ってるのを見て、は腰に手を当てて竜の前に立った。
北乃は楽しそうな表情を浮かべながら竜に小さく「怒られるわよ」と囁く。

「竜……? 私言ったよね? 新規の学生さん達だから優しくしって。何であんな荒っぽい事したの!」
「勝負に優しいも何もない。ただいつも通りに打つだけさ」
「でもだからって三人共飛ばすことないでしょ!」
「偶然さ」
「偶然なわけないでしょ! 帰る時暗い顔して帰って行ったんだからね!」

埒が明かない睨み合いはお互いに一歩も譲らない。
その間に北乃が入り宥めるとはぷいっと顔を背け空いた卓へと向かって卓を整える作業に入った。
口論しても表情を崩さない竜を横目で見ながら北乃はクスクスと笑う。

「俺以外にあんな笑顔見せるなって素直に言ったら良いじゃない」
「……」
「貴方だったら半荘二回と言わず東風戦だけで飛ばせたでしょうに。東場でじわじわと点数削ってオーラスで役満ツモ? ほんと竜……貴方って意地悪な人ね」

煙の向こうで微かに竜が笑ったような気がした。

「なら……あンただったらどうする」

突然振られた竜の言葉に北乃はすぐに返せなかったが、少し考えた後、笑顔を作りながら煙を大きく吸い込んだ。
煙を吐き出した時、白い煙が視界を汚しての姿をかき消した。

「半荘二回目のオーラスで飛ばしてたわね」

今日も通常運転で営業中。


2013.08.09 UP
2018.07.26 加筆修正
2019.09.17 加筆修正
2021.08.23 加筆修正