コスプレでロン!

セーラー服でロン!

北乃の発案により毎週水曜日はお客様感謝デーを行う事となり、が通常の制服を着ることを許してもらえなくなってもうすぐ2ヵ月が経とうとしていた。
評判は上々で巷でも噂が噂を呼び、じわじわとではあるが店を始め自身の認知度が上がりつつあった。
嬉しそうに水曜日の売り上げをマスターに聞かされ始めた時から、この呪縛からは逃れられないと悟り、早々には諦めた。

「そろそろバリエーションも尽きはじめるころじゃないですか?」
「私を誰だと思っているの?まだまだあるに決まってるじゃない。それに」
「それに?」
「尽きたら尽きたでまた初めから着ればいいだけのことよ」
「……ですよねぇ」

もうそれが儀式かののように北乃から高級ブランドの紙袋を受け取ったは更衣室へと消えるのであった。

*****

「今頃セーラー服?」

今まで奇抜な物を着せられてきたからかには多少の耐性がついていた。
もっとどぎつい物が来ると予想していたが今回はセーラー服らしく、ひざ下まで伸びるスカートに少しばかり考えた。
これでは今まで学校で着てきた制服となんらかわらないどころか少々古めかしい。
履いてみたもののなんだか野暮ったく感じ、簡単に言うとダサい。
試しにスカートのベルト位置を織り込み太ももが除くぐらいまでに長さを短くした。

「絶対こっちの方が可愛いでしょ!」

ひざ下よりは圧倒的に短くなったスカート丈に一度頷く。
煙草を吸いながらの着替えを待っている北乃の前に出ると、衣装を渡した本人がの姿を見て口をポカンと開けて見せた。
高い位置で結んだポニーテールと極端に短くなったスカートにルーズソックスをまとうは誰がどう見たって非行を続ける女子高生にしか見えない。

「お、驚いたわ……」
「何がですか?」
「いや……童顔だからまさかとは思ったけど……そうやって着ると本当に学生にしか見えないわね」

扇子を広げて考え込むマミの隣に座ると来店を知らせるベルが鳴り響いた。
そこには買い出しから戻ったマスターの姿があり、の恰好を見るなり硬直した。

「マスターお帰りなさい!」
「えっ……ちゃん? ……今日はセーラー服なのかい?」
「そうですよ! マミさんが本物の女子高生みたいって言ってくれてなんだか嬉しいです!」

立ち上がって一回転すると短いスカートがふわりと舞う。
直ぐにマスターは眼を逸らしそそくさと事務所に戻ってしまった。
北乃を振り返ると小さな声で「なんだか犯罪みたいだわ」と呟いていた。

*****

その日も常連客や一見さんで店内は賑やかだった。
口々に客からは本物の女子高生みたいだと言われ、気分が良くなったはサービス精神旺盛に振る舞った。
おしぼりを渡す時は上目使いに「先輩……頑張って下さい!」と言ってみたり、 負けてしまって肩を落とす一見さんには元気の出る印としてお茶を運んだりとまるで部活のマネージャーのような振る舞いを見せた。
その行動一つ一つが客の心を掴み、新たな常連客を作る要因になっていることをは気が付いておらず休むことなく働きつづけ、気が付けばそろそろ日付が変わろうとしていた。

「はー、今日は沢山動いたなぁ」

待ち椅子に座り、マスターが淹れてくれたお茶を片手に一息つくとキッチンから顔を出したマスターは「着替えてきたら?」と勧めたがは小さく首を振った。
流石に休憩なしで働いていたため着替えるのも億劫であることを伝えるとマスターは苦笑いした。

「竜ちゃんが来たら驚くだろうね」
「あはは。あの竜が驚きますかねぇ? それはそれで見てみたいかも」
「驚くと思うよ。本当に学生さんみたいでなんだか悪いことをさせてるみたいだよ」

水仕事に戻ったマスターに笑い、足をぶらぶらさせながら少しだけ冷えたお茶を飲み干す閉店間近の雰囲気がは好きだった。
勝負の行方に殺気立ってった面子が居なくなると途端に冷える店内が心地いい。
空になったコップを脇に置き、立ち上がって背伸びをしている時に迎えは唐突にやってきた。
来客のベルの音を身に纏って現れた竜には振り返り腰に手を当てて仰け反ってみせた。

「ジャジャーン! 今日はセーラー服よ! どう? ビックリした?」
「……」
「ちょっとぉ!シカトは無いでしょ!」
「……帰る」
「あ、っちょ竜!!! んもぉ……マスターお疲れ様でした! お先に失礼します!」

さっさと帰る竜に静止するもマイペースな竜が聞く耳を持つわけがなく慌てて足元に置いておいた鞄を掴んでその背中を追いかけた。
ドアを閉める間にキッチンから微かにマスターの声が聞こえ、静かにドアを閉めた。
淡々と階段を下りる少し丸まった背中を追いかけ、ジャケットの裾を掴んだ。

「待ってよ竜」

振り向く事なく降り切った階段でと竜は向き合うと竜の口元から静かに白い煙が立ち上り、サングラスにの顔が映った。
肌寒い夜の新宿でサングラスをかけた男とセーラー服を着た少女が雀荘から出てくれば通行人は自然とその二人に視線が行く。
何も言わず竜は羽織っていたジャケットを脱ぎ、に押し付けると勝手に歩き出した。
突然の事に戸惑いつつ押しつけられたジャケットをまじまじと見つめた。
ほんの少しだけぬくもりを感じるそれに小さく笑って腕を通し、普段ならジャケットの内側隠れて目立たない赤紫色のシャツを追いかけた。

「竜ってば!」

後ろから力の抜けている竜の腕には自分の腕を絡め明後日の方向に顔を向けている竜を見上げた。
新宿では有名な雀士として広まり、時に恐れられ時に求められる存在がいつも仕事が終わりそうな時に迎えに来てくれる。
もしかしたらみゆきに言われてそうしているのかもしれないが、逆らう事なく迎えに来てくれる辺り根は優しい人だと誰が信じるだろう。

「こうやって歩いてるとなんだかあやしい関係みたいだね」

クスクスと笑いながらからかうように言う。

「女子高生とおにぃさん……いや、パパかな? 援助交際ってこんな感じなのかもね」

駅へと向かう道中、ヘッドライトが眩しい車が横切って行く。
その度に二人はオレンジ色の光を浴び、すぐにまた闇に溶ける。

「パパ。お金ちょーだい?」
「分かった」
「……え?」

近道と称した雑居ビルの合間を抜けると綺羅びやかに輝くネオンサインと奇抜な名前を掲げた看板が目に飛び込む。
男のジャケットを羽織ったセーラー服姿の少女が成人男性の腕に腕を絡めてラブホテル街を歩いているのは如何なものだろう。
いつも通っている道のはずが今日ばかりは無償に意識してしまい、絡めた腕に心なしか力が入る。


「は、はい……?」
「手持ちで百万ある。望みを叶えてやろう」
「ちょ、は? 何言ってんの? 竜! 冗談! 冗談だから!」

一際輝く看板を掲げているホテルに1組の男女が吸い込まれていく。

今日も通常運転の欲望が新宿を駆け巡る。


2013.11.09 UP
2018.07.27 加筆修正
2019.09.17 加筆修正
2021.08.23 加筆修正