哭きの女子会

5回目

定期的に開かれる女子会の会場にとみゆきが揃って到着すると珍しく外で北乃が待っていた。
開口一番に「遅いわよ」と言われるのは毎度の事で、は「お客さんに捕まっちゃいました」と笑う。
集合時間から15分過ぎていたが許容範囲だろうと思いながら「お店入らないんですか?」とが北乃に尋ねると「ちょっと趣向を変えるわ」と北乃は携帯電話を取り出して何処かに電話し始めた。
数分後、店の前に1台のタクシーが止まり後部座席と助手席のドアが開いた。

「ほら、移動するわよ」
「ど、何処行くんですか?」
「まぁ着いてからのお楽しみよ」
「わ、私まだ東京湾には埋まりたくないですよ!?」
「何の話よ……」

オーバーリアクションをするを無理やり後部座席に押し込むとそれに次いでみゆきが乗った。

「ふふっ。ちゃんってば昨日一緒に見たマフィア映画に影響されてるみたいなんです」
「あれめっちゃ面白かったんですよ! マミさんも一緒に見ましょうよ!」
「見ないわよ」

バタンと後部座席のドアを閉めると北乃は助手席に乗った。
とあるマンションの名前を告げるとタクシーはゆっくりと走り出した。
が何度北乃に行き先を聞いても北乃は口を割らない。
なかなか諦めないに北乃が「降ろすわよ?」と忠告するとは体を縮こませた。

20分程走った所でタクシーはとあるタワーマンションの前で止まった。
は大きく口を開けながら聳え立つマンションを見上げて「え? マミさんのご自宅?」と放心状態になってしまった。

「違うけど半分当たりよ」
「え……意味分かんないです」
「別荘みたいなもんよ」

お上りさん状態になっているとみゆきの腕を引きながら北乃はマンションのエントランスへと向かう。
自動扉の奥には更に自動ドアがあり、その前に変な機械が置いてあった。
はその前に立ってみたがドアは開かず、「開かないですよマミさん!」と叫ぶと北乃は慣れた手つきで北乃は6桁の番号を打ち込むと自動ドアが開いた。

「此処、カメラがついてるからあんまりバカな事してると警備員が来るわよ」
「ひぃっ! それを早く言ってください!」
ちゃん、静かにしてないと声も聞こえてるかもしれないわよ?」
「えぇえ! それは死活問題です!」
「死活問題の意味、分かってるのかしら?」
「さぁ……?」

北乃は長い廊下を歩き、4台並ぶエレベーターの中から一番奥のエレベーターの前に立つとすかさず”上”を押した。
チンと上品な電子音の後にドアが開くと中は広く、大理石のような床には興奮した。
そのまま24階まで上昇するエレベーターの中で「マミさん本当にお金持ちなんですね!」とが興奮していると北乃は「本当にってどういう意味よ」とため息を吐いた。

*****

「おい! 俺は北乃とみゆきが居るとは聞いてないぞ!」
「何よ。連れてきた私に文句があるって言うのかしら?」
「お、俺は……その! いや、だから……!」
「何よ? 折角を連れてきたっていうのに帰れって言うの?」
「ぐぬぬぬ……!」

二人の口喧嘩の間に挟まれたみゆきとは動揺していた。
まさか女子会の会場が雨宮の自宅だとは予想していなかった。
あまりにも北乃が普通にドアの鍵を開けて入るものだからてっきり本当に北乃の別宅だと信じていたが、実際には雨宮の自宅で奥から真っ白のシンプルなエプロンをつけた雨宮が出てきた時、は心臓が口から飛び出るかと思った。

「あ、あのぉ……お邪魔なら私達帰りますけど」

おたまを持ったままの雨宮と腕を組んで壁に寄り掛かる北乃にみゆきが小さく手を挙げた。

「みゆき、それは駄目よ。貴女が帰ったら間違いなくあの男がを迎えに来るじゃない」
「って言うか! 此処、雨宮さんの家ですよね? 私はてっきりマミさんのお家かと……」
「此処は私の別荘って言ったでしょ」
「貴様! 俺の家を別荘呼ばわりしているのか!?」
「あーあ。せーっかく連れてきたのに、帰ろうかしら。帰りましょう、みゆき」
「ま、ままま待てっ……!」

みるみる赤くなる雨宮の顔は見ていると面白かった。
「じゃ、よろしく」と雨宮の肩に軽く触れるとさっさと部屋の奥へと進み、勝手にソファに腰掛けた。
達はどうすれば良いのか分からずその場で立ち尽くしていると雨宮は頭を抱えながら大きなため息をつくと「お前らも早く行け……」と言った。
部屋に入ると豪華そうな家具は一切なく、シンプルな物で統一されている所は雨宮らしかった。
遠慮がちに北乃の向かいのソファへみゆきと一緒に座ると足を組みながらふんぞり返ってる北乃がニヒルな笑みを浮かべる。

「そう緊張しなくて良いのよ」
「いやいやいや……雨宮さんの家ですよね? なんだか悪いですよ……」
「それにお料理しているみたいでしたし……」
「あぁ。あれは私達の分よ」

は「は?」と間抜けな声を出し、みゆきは「どういうことですか?」と首を傾げた。
北乃は足を組み直すと前鏡になって「それはね」と両手でピースサインを作る。

「蟹よ」
「蟹?」
「蟹……ですか……?」
「そうよ。蟹よ。クラブ。雨宮が代打ちの礼ってことで蟹を大量に貰ったんですって。だから私達が食してやろうって話よ」

「雨宮早く!」と文句を北乃が言うと「黙れ!」と奥の方から聞こえてきた。
一体雨宮と北乃がどんな関係かは今更聞くのは野暮かしれないと思ったは「やっぱり私達お邪魔ですよね?」と苦笑いを浮かべると、北乃は心底嫌そうな顔をしながら「ちょっと、勝手な想像しないでくれるかしら? 全然違うわよ」と釘を刺した。
状況が全く分からないは落ち着きなさそうに手をもじもじと遊ばせる。
それを見ていた北乃が「ちょっと、蟹よ? もっとはしゃいだりしなさいよ」といつの間に出したのかレースの扇子でを指差す。

「いや、蟹は嬉しいんですけど……それよりもこの状況が気になるというか、なんというか……良いのかなって」
「私とみゆきは報酬として蟹を頂くのよ。良かったじゃない。この前蟹食べたいって騒いでたんだからもっと喜びなさいよ。じゃないと雨宮が泣くわ」
「……あぁ。そういう事ですか」
「え!? 何!? 何なの!? 教えてよみゆきさん!」

何かを察したみゆきは笑いながら「ちゃんは知らなくても良いのよ」とはぐらかす。
この状況で事の事態を飲み込めていないのはだけで、一人頭を抱えながら足をばたつかせた。

「おい。何飲むんだ?」

ひょこっと壁から顔を出した雨宮がリビングに居る3人に問いかける。

「私はワイン」
「あ、ならマミさんと同じ物で」

先ほどまで申し訳なさそうな顔をしていたみゆきだが、コロっと態度が変わり小さく手を上げながら雨宮に答えた。
もすぐに「わ、私も同じの!」と手を挙げると、おたまで指を刺されながら「未成年はオレンジジュースだ!」と言われてしまった。

「わ、私だけオレンジジュース……」
「わざわざご苦労なことですね」
「本当よね。いつも常備なんてしてないくせに」

蟹鍋が出来上がるまで後30分。
バイト中にがポツリと漏らしたら言葉の望みを叶えたくて貰った蟹は4人の胃袋の中に消える事となるが、その前に鍋奉行の雨宮と自由に食べたい北乃の間で火花が散る事になるのはもう少し後のことだった。


2020.12.22 UP
2021.08.23 加筆修正